第12話
3年間にわたるいじめに負けず、晴れて高校生となった彼女だが、ここからが茨の道だった──。
一ヶ月ほどが経った頃、いつものように黒縁の眼鏡をかけて登校すると机の上に花瓶が置いてあった。私の机の上に。
(またかぁ、気をつけてたんだけど……。今度は何が彼女達の琴線に触れたのかな)
教室に流れる空気をものともせず自分の席に行き、花瓶に触れた。酷く冷たい陶器が私に吸い付いて離さない。違う、私が掴んだのだ。
黄色い、道端で摘んできたような花が一輪咲いているその花瓶を教卓の上に置き、再び自分の席に座ると周りがざわめきだす。
(中学の時と変わらないなぁ。誰だろう?)
分厚い本を開いて読むふりをしながら、耳で周りの声を聞く──首謀者を探す為に。
しばらく聞いていて気付いた。
全員だ。会話から察するに彼女達だけではなく彼等も首謀者のようだった。
中学での噂がどこかから広まってしまったのだろうか。でも何故男子まで? 私の容姿は中学の頃は男子ウケのいいものだったが(そのせいでいじめられたのだけど)、高校では好かれる容姿ではないのだろうか──だったら何故いじめられる? 理由が思いつかない。
クラスの空気に耐えられなくなった、という訳では決してないけれどこの喧騒の中では考え事もろくに出来なかったので教室を出た。
これからさぼりにいくのだ。
中学でいじめられてからすっかり屋上が憩いの場となっている私は、入学する前に屋上が開かずの間となっている高校を探した。
そしてピッキングの練習をし、入学してからずっと屋上の鍵をヘアピンで開け侵入していた。
ちょっとピッキングの練習をしたからといって、本当に開くとは思っていなかったのでびっくりしたが。
ともかく、それからは何かある度に屋上へと向かっていた。周囲に細心の注意を払ってだ。屋上が開かずの間だということは生徒も、先生にも周知の事実なので彼女がどこに向かっているのかは誰も知らない。
まさか鍵を勝手にピッキングし、屋上に侵入し入り浸っているなど誰も、夢にも思わないだろう。屋上へと続く階段付近にさえ誰も近寄らないのだ。
私にとってはとても良い事だから、これからも是非誰も近寄らないでもらいたい。
中学の頃と同じように空を眺める。どんよりとした暗い空、これから雨が降りそうな空模様だ。
授業をさぼってはいるが、勉強も、運動も人一倍頑張っているつもりだ。活字は元々好きだけれど最近は普段は読まない分野まで視野を広げている。
知識は大事だ。自分の知らないことを知るというのはとても気分が良くなる。だから私は決して興味のない内容でも一言一句逃さず読み倒す。
春は校庭に咲く桜の木の花びらを本の栞に、夏は心地よい風で眠り、秋は紅葉を目で楽しみ、冬は雪だるまを作る。そうして私は、ほぼ一年中屋上で過ごした。冬は流石に寒かったので保健室で過ごすことも多かったが。
一年目は良かった。机に置かれた花瓶を教卓に置くという奇行のせいで誰も私に近づかなかった。教師からも注意は受けなかったのだ。
だが二年目にある噂が広まった。
「
そんなことあるはずもない。根も葉もない噂だ。だが学校全体にその噂は広まり、学校側は親に話をしたようだった。
しかし、既に育児放棄されているので当然聞き入れていなかった。家に帰っても、何も言われない。目も合わせない。忙しいから、疲れているからと話もさせてくれなかった。
いくら私がひねくれていても、親からは愛されたかった。学校なんてどうでもよかった。だから度々授業をさぼったのだ、気を引く為に。
でも意味が無かった。ずっとずっと愛されないまま。
学校でもいじめはエスカレートした。最初は間接的にだったが、段々直接いじめられるようになったのだ。
顔だと目立つからと、腹を殴られ蹴られ、カッターで血が滲む程度に切られたりもした。
私が屋上に入れるということがバレて、飛び降りを脅迫された。流石に突き落とす勇気は無かったようだがそれでも充分恐怖に震え、その日から憩いの場所が、トラウマになった。
「私……なにか、悪いことした……?」
と、聞いてみた。殴られてる途中に。
いじめられっ子がよくする質問の定型文のような質問だが、私は本当にそれが不思議で、聞きたくて堪らなかった。
だが彼女達は、
「生きてるだけで目障りなの」
と、これまたいじめっ子がよくする受け答えの定型文のような受け答えを聞かされて、いじめは終わらなかった。
その日の夜、私は遺書を書いた。中学校でいじめられた日から私は日記を書いている。今日誰に何をされたか、どんな暴言を吐かれたか。先生は見ていたか──いなかったか。高校に入ってもそれは続いていたが、精神的に我慢の限界だったのだ。
いくら負けず嫌いだろうと、ずっと対抗しているのには疲れる。
だから、死を決意した。
生きることが疲れたから。先生にいじめられていると言うのは自分負けを認めるみたいで嫌だったし、親はそもそも聞いてくれない。
愛情を充分に注がれなかった私は誰かを恨んだりすることは無く、潔く死を選ぶ。
遺書には、
『死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 愛 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死』
……と、自分でも書いていてゲシュタルト崩壊を起こしかけた程に、ひねくれた性格がそのまま表れていた。
遺書には『死』という文字を千回書いた。強く。『愛』を一文字だけ散らして。一滴も愛情を注がれていないという訳では無いと思ったから。だから一滴分の愛情は感じてる、という意味で書いた。
遺書には『遺書』という文字は書いていない。書かなくても分かるだろう。遺書の横にはいじめについて綴った日記を置いた。
──そしてこれから私は死ぬ。
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