第11話

 "人は生まれながらに平等ではない"とはよく言ったものだ。周りの子は皆出来ているのに、私はこんなことも出来ないのだという事実に絶望し、自死を決意してしまう。

 同様に、恋人と別れた、親に叱られたなどの人間関係の悩みや、職場に対する不満でもやはり、自死を決意してしまう者が少なからずいるのだ。

 ──どんな理由で自殺しようと、その理由は本人にとってとてつもなく深刻な悩みであり、それを笑ったり、茶化してはいけない。


 少年を救ってくれた女性・きさらぎ すいも悩みを抱えた一人であった。中学1年生から高校3年生の6年間にかけていじめられていたのだ。

 事の発端は、中学生になって一週間経った頃に不注意で眼鏡を壊してしまったことだった。活字中毒の彼女は黒縁の眼鏡をかけていて前髪も長く、教師に注意されない限りずっと髪を切らないほど本にのめり込み、本以外のことには興味が無かった。

 そんな彼女が眼鏡を壊したのだ。当然修理するには多少の時間がかかってしまう為、コンタクトでの登校を余儀なくされ、運が悪いことに前日に美容室に行ってしまったので前髪も眉上で切り揃えられていた。

 そしてコンタクトでの登校初日、校内に足を踏み入れた途端に周りがざわめいた。彼女は自分がその対象となっていることに気付かず、教室の自分の机に荷物を置き、椅子に座ると本を読み出した。が、クラスメイトの喧騒により中断せざるを得なかった。

「誰?!」「あれ如月さんじゃない?」「めっちゃ可愛くね?」「芸能人みたーい」

 などと喋る名前も知らないクラスメイトにより、自分がその話の中心にいることを知った。

 ぱっちりとした目元にスっと通った鼻筋、ちょこんとしたほんのりピンク色の唇。そして肩よりも少し長い軽くウェーブした栗色のf髪が彼女の容姿端麗さを物語っている。

(こんな自分が嫌で眼鏡をかけてたのに……)

 本は好きだけど、自分は嫌いだ。

 幼い頃からこの見た目のせいで嫌な思いばかりしてきた。今だってそう。私は本を読みたいのに周りがうるさくて集中できないじゃない。

 だから、分厚い眼鏡をかけて、目が見えないくらいに前髪を伸ばしていたのに。眉上まで切らなきゃいけないなんて厳しすぎるよ。

 どうしよう。早く着きすぎたせいで、ホームルームまであと10分もある。

 さぼってしまおうか。

 本を愛し、活字を嗜むからといって、真面目では決して無いのが彼女だった。むしろ自由奔放だ。

 立ち上がると一気に注目を集めたが、気にもとめず教室の外に出て廊下を歩く。階段を上り、屋上の鍵を開け、空を見上げた(どうやって鍵を開けたかは企業秘密だ)。

 どこまでも続いている、雲ひとつない青い空。入学してまだ一週間ほどしか経っていないが、早くもこの屋上が彼女の息抜き(さぼり)の場所になっていた。

 この容姿がバレた途端、それまで仲の良かった友人も攻撃的になってしまう。きっと今回も妬みを買うことになるだろう。……望んでこうなったわけじゃあないのに、むしろあげられるものならあげたいくらいだ──顔をあげたいくらい、自分が嫌いだ。

 屋上にはフェンスが無い。そもそも鍵が掛けられているので必要性が無いのだ。

 だから、飛び降りようと思えばいつでも飛び降りることが出来る。

 何が理由でも、どんなに些細なことでも、人は自殺するのだ。自分が嫌いだから自殺する人も少なからずいるだろう。そう、私だけじゃない。私以外にも私と同じような悩みを持つ人はたくさんいる。

 私の両親は共働きでどちらもテレビに出る仕事だ。だから家ではいつも一人。食事はお金を貰いデリバリーを取っていたが、最近は自炊している。

 両親は私には興味が無いのだ──生きてさえいればいい。それを裏付けるようにお金だけはたくさん貰っている。私はそれを、食費と日用品に使い、残りは貯金している。

 ──いつかこの家を出る為に。

 家を出て、やりたいことをして、そして。そして死のうと、固く決意している。

 再び空を見上げると、真っ白な雲が漂っていた。流れに逆らわず、ゆっくりと。その雲を見届けて、教室に戻った。

 この中学校3年間は苦痛でしか無かった。私の容姿がバレてから、さながら漫画やアニメのように体育館裏に呼び出されるのだ。影響を受けすぎじゃないか? と思ったけれど、そうではないらしい。単に秘密裏に暴力を振るうのに最適なのだ。

 毎日のように体育館裏に呼び出されては、暴力を振るわれ、ハサミで髪を切られ、教科書を隠され、お弁当をゴミ箱に捨てられ……、思いつく限りのことをされた。

 それでも私は学校に通ったし、自殺もしなかった。やり返すことも。

 昔から負けず嫌いな性格だから、不登校になったら負けだと思った。でもやり返してもそれこそ負けだと思い、一日も休むことなく学校に通った。

 おかげで皆勤賞を取ったし、なんならいじめっ子たちの方が何日か休んでいたくらいだ。

 そして中学校生活3年目の終わり頃、いじめは完全に無くなっていた。これで終わると思っていた。

 でも、まだまだこれからだったのだ──。

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