第10話
「あっはっは! そうですよね〜、めちゃくちゃ分かりますー!!」
いた。如月さんはそこにいた。
遡ること数十分前──
「如月さん……?」
ただただ困惑していた。資料室にいるはずの人がいなかったからだ。
東棟から西棟へと隈無く探し回った。まさか帰ってしまったのかと思い、校舎の外にまで出て探した(駅まで飛んでいった)。
そして思い出した、教員室の存在を。そこに東雲さんが居ることを。
急いで教員室の扉を開ける、ではなくすり抜けた。
──そして
おそらく紳士の東雲さんが入れてくれたであろうお茶を飲み、高級そうなお茶請けを食べ、話に花を咲かせる女性。
その様子は、確かに如月さんで間違いなかった。
最初に被っていた仮面はどこにいった、と思わずツッコミたくなるようなくつろぎっぷりだった。
そんな如月さんにも笑顔で対応(?)してくれている東雲さん、良い人すぎる。
「如月さん、お待たせしました」
彼女に近づき話しかけたが、別段待たせてなどいないことに気付いた。だが気にしない。
如月さんは僕に気付いたようで、話を切り上げ、
「有難うございました、またよろしくお願いしますね!」
と、席を立った。勿論お茶請けは全て平らげている。
「はい、是非お願い致します」
その場で深々とお辞儀をする東雲さん。
最後の最後まで真摯に対応してくれたが、最後の最後まで教職員には見えない不思議な人だった。
学校を出て、駅に向かって歩く。徒歩18分の道のり。
「それで、何か思い出した?」
「いえ……特に何も、色々試してみたんですけどね」
屋上のフェンスの向こう側を一周歩いたり、飛び降りてみたりしたことを如月さんに説明した。
「そっか……私もアルバム全部見たんだけど、ななくんは載ってなかったよ。念の為机の上に出してた分以外もね」
アルバムに僕の姿は無かった。つまり、『紫乃槻高等学校』の生徒ではないということか?
でも、如月さんの夢に出てきたのはこの学校──どういうことだろう。
屋上で不安も、涙も、全てを吐き出してきたから取り乱すようなことは無いけれども……せっかく手に入れた手掛かりで僕のことが分かると思ったのに、答えは僕を置いて遠ざかってしまう。
電車に乗っている間も、家まで歩く(飛ぶ)間も、ずっと考えていた。
僕は誰なのか。何故死んだのか。何故死因は不明なのか。何故生前の記憶が無いのか。
ぐるぐると、何度も同じことを繰り返し考えた。
如月さんの後をぴったりと着いて行き、部屋の中に入る。グリーンとホワイトで統一され、観葉植物が飾られている。まだ2日と経っていないが、既に見慣れた部屋。
木目がおしゃれな時計は19時5分を指している。如月さんが、明日は仕事だからと先にお風呂に入った。その間もずっと、考え続けた。ずっと。
光の無い真っ暗闇の中で上下左右が分からないまま、彷徨い歩いているような感覚だった。目を開けても閉じても色の無い世界。音すらも聞こえなくなった現実に戸惑うことも無く、ここが、この世界が自分がいるべき場所だと錯覚してしまう。
もう、考えるのをやめてしまおうかと。幾度となく転び、その度に立ち上がった。何故立ち上がるのか分からなかった。そのまま地面に伏していればいいのに──その方が、楽なのに。
でも身体は僕の意思とは関係なく、迷うことなく起き上がる。何度転ぼうと何度でも前を向いた。
楽になりたくて、解放されたくてわざと躓いたりもした。そんな自分が酷く嫌になり、もう成仏させてくれと嘆いた。
それでも──それでも僕の身体は歩き続けた。立ち上がり、前を向いて、必死に光を求めた。
やがて目の前が明るくなってきて、声が聞こえた。
「……くん、ななくん」
きさらぎさん……?
「ななくん!」
目を開くと、如月さんが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫?魘されてたけど……」
上半身を起こすと、いつも寝ているソファだった。そうだ、部屋に入った後ソファに横になっていたんだ。今何時だろう?
僕が時計を見ていると、
「19時48分だよ」
と、如月さんが言った。
40分ほど寝ていたのか。まだ脳が覚めていないようで、視界も不明瞭だったので有難かった。
酷く喉が渇いていたので、乾いた声で伝え、1杯の水を貰い一口飲んだ。幽霊も喉が渇いたりするものなのだと知った。喉が潤っていくのを感じ、そして声を出した。
「……暗闇の中を、歩いてたんです。ずっと、ずっと歩いてて……歩いて歩いて、歩き続けて、音も聞こえなくなって……不安だったんです、ずっと。過去が分からないことが、記憶が無いことが──名前が無いことが。……でも、如月さんが、名前をくれた。僕に名前を。とても感謝しています。今まで伝えていなかったと思って……ありがとうございます」
「僕を助けてくれて」
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