第8話
「この中から探すんですか……」
疲れを感じない幽霊少年は、気づいた。
──僕ってどんな顔してるんだ?
と、一冊目を開きかけ、気づいたのだった。霊体だから鏡に映る訳もなく、写真にも姿形は残らない。自分の手足や胴体までは見えるけれど、顔は見えない。背中を自分で見ることは出来ないのと一緒だ──まあ、鏡を2枚使えば見ることは可能だが、少年は前述の通り鏡に映らない。
解剖されている自分の遺体を見ていた時も、顔の部分だけ靄がかかったようにぼやけていて、自分の顔がはっきりと分からなかった。
しかし、どうしたものか。
如月さんに正直に言うのはなんだか気が引ける。目の前には、資料室の一角にある広い机に積まれた、膨大な量のアルバムがあるのだ。
正直に話すということはつまり、これを如月さん一人にやってもらうことになるという訳で、でもこのまま言わないのも……もしかしたら僕が見た中にあるかもしれないし。
(やっぱり言うべきだよね……)
「如月さん、あの、僕──」
「もしかして見つけたの?!」
「いえ、そうじゃなくて。僕、自分の顔が分からないんです」
「あー。え? どういうこと?」
「つまり──」
僕は幽霊で、鏡に映らないし、写真にも残らないし、解剖されていた自分の遺体の顔もぼやけて分からなかったので、自分がどんな顔をしているか確認が出来ないんです。だから30冊ほどのアルバムを僕が見ても、見逃してしまうかもしれないんです。
と、彼女に説明した。丁寧に。
「ふむふむ、なるほど? つまりこの量を、私一人で一冊ずつ探さなきゃいけないということ?」
「はい……」
十何年?生きてきた中で(もう死んでるけど)、一番言い
如月さんはしばらく沈黙した後、
「それなら! 校内を見て回ってきたら? 何か思い出せるかもしれないし、ここは私が頑張るから、ね?」
と、笑顔で言うのだった。
本当に申し訳ない。
そう思うと同時に、如月さんの言ったそれはとても名案だとも思った。
生前の記憶が無い僕に、この学校に通っていた可能性がある今、校内を見て回ることによってその記憶の片鱗に触れることが出来るかもしれない。
「……任せることになってしまってすみません、よろしくお願いします」
と言って、頭を下げた。
少しでも感謝の気持ちが伝わるようにと、形に表した。
「うん! いってらっしゃい!」
効果の程は定かではないが、如月さんの表情を見る限りは十分とは言わずとも、伝わってはいるようだった。
資料室を後にし、空中を浮遊して移動する。
(さて、どこに行こうか……)
──ここ、『
資料室を出る際に、前情報として如月さんが教えてくれたことだ。
そして最後に、
「少しでも違和感を感じたり、記憶が戻りそうって思ったら、すぐに戻ってきてね」
と、どことなく憂いを帯びた表情で付け加えた。
──まるで、悪い予感がする、とでも言うみたいに。
だが、深く考えても仕方がない。僕の見間違いかもしれないし(見間違いというなら、幽霊という存在の方が見間違いだろう)。
如月さんによれば、西棟の屋上が僕が飛び降りた場所──僕が死んだ場所。
(……後回しにしよう)
記憶が無いから死んだ実感なんて無いけれど、あまり近づきたくない。遠ざけたくなってしまう。
そう考えつつ、2階から1階への階段を飛び下り東棟1階の中央へ向かう。
1年と書かれている教室を順番に見て回る──1組、2組、3組、4組。
どこも特に変わらない普通の教室だった。生徒たちの机と椅子、黒板、教卓。植物が置かれていたり、先生と思われる似顔絵が飾ってあったり、黒板に落書きの跡があるなど、教室によってクラスの個性が垣間見えた。
2階は2年生の教室だった。2組の教室では金魚が水槽の中で泳いでいて、僕はそれを一目見て、可哀想だと思った。何故そう思ったのかは分からない。
考えることをやめ、3階へと向かう。3年生の教室だ。どのクラスも就活や進学に真剣に取り組んでいる、というような規律の正しさが窺えた。
4階は、美術や茶道、華道など、文化系の部活動の部室だった。
ひとつひとつ扉を開ける、というようなことはせず、扉をすり抜けて部屋中を飛び回る。そしてまた次の部屋への壁をすり抜け、部屋中を飛び回り、また次の部屋へ──。
東棟の全ての部屋を見終わり、屋上に出た。辺りを見渡し、西棟の屋上が視界に入る。
どうやら西棟と東棟の屋上は行き来が出来ないらしく、2メートルほどのフェンスで塞がれ『立ち入り禁止』と書かれていた。
少し安堵した。
が、東棟の全ての教室を見回り終わってしまった今、次は必然的に西棟へ行かなければならない。
物理を無視して壁をすり抜け、東棟の屋上から一気に1階の東雲さんがいる教員室まで宙を飛んだ。
教員室を覗くと、東雲さんは忙しいようで、パソコンと睨めっこしていた。つくづく、教職員には見えない人だ。
西棟へと歩を進める。文字通り、歩く。浮遊して進むことも出来るけど、少しでも屋上に着く時間を先延ばしにしたいと思ってのことだった。
「はぁ……」
一歩ずつ、足の裏を地面に落とし、片方の足を上げ、進んでいく。一秒に一歩進むか進まないかほどのペースの足取りで、気重に少年は進むのだった。
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