第7話
「行きましょうか、『
最寄り駅まではショッピングモールに行った時と同じく、徒歩13分。そして10:33に発車し、12:26に到着する電車に乗る。約2時間の移動だ。
その間、僕はずっと浮遊していた──ゆらゆらと。電車の空いている上の方を、如月さんが乗っている2両車から後ろへすり抜けて、速度を上げて飛び抜ける。
飛べる感覚も、すり抜ける感覚も、不思議で面白い。言葉にせずともそう思うだけで、自分の想像通りになる。
例えば、"浮かぶ"と思えば地面から5センチほど離れた空中に浮いているし、"飛ぶ"と思えばゆるやかに空中を飛んでいる。更に細かい設定も可能だ。"10センチほど上へ浮かぶ"とか"もう少し早く飛ぶ"とか、抽象的にでもいい。
──思うだけ、ただそれだけでこんなことが出来る。霊体になってまだ2日と経っていないけれど、結構使いこなせている?ような気がする。
如月さんは、あまり遠くに行かないでね、とだけ言い、本や何かの資料に読み耽っている。
約2時間の移動は、意外、とまでは言わないけれど結構長い。
僕は特にすることも、本を読むことも出来なかったので(僕がもし本を読んでいたら、本が浮かんで見えてしまう)、ずっと浮いたり飛んだりして暇を潰した。
たまに外に出て、流れてゆく景色を眺めた。その間もずっと細雪が振り続けていた。
短いとも、長いとも言えない移動を終え、駅に着き、そこから歩いて18分。
目の前に見えるのは『紫乃槻高等学校』の校門。よくある校舎、といった感じだ。
──校門を通ると、雪がまばらに、うっすらと降り積もった校庭が、眼前に広がった。枯れた木の表面にも細雪がささやかながら張り付いており、雪景色とは違う、一種の幻想的な空間にも思えた。
「ななくん早くー!」
景色に吸い込まれるように見惚れていると、学校の靴箱が並ぶ玄関先に立っている如月さんに声をかけられた。
はっとする。
何故雪に見惚れていたのだろう。確かに思わず見惚れてしまう景色ではあるけれど……。
そんな些細な考えよりも、如月さんを待たせている、ということの方が勝り、急いで彼女が居る所まで飛んでいく──急いでも霊体なので疲れない。
「何を見てたの? なにか気になることでもあった?」
「いえ、なにも。ただ、この景色に見覚えがある気がして……やはり僕はこの学校に通っていたんでしょうか」
かもね、とだけ言い、如月さんは中へと足を進めた。
彼女の後を追い中へ入ると、広々とした空間。目の前には数々のトロフィーや賞状が飾ってあり、スポーツも芸術も共に力を入れていることが窺える。
更に奥に進むと、教員室、と書かれている部屋の前に着いた。
「失礼します」
と、如月さん。
中には、50代ぐらいだろうか、如月さんよりも背の高い男性が、おそらく教職員のであろう幾つも並ぶ机のひとつに座っていた。
如月さんの声に気付き、その男性は立ち上がる。
「お待ちしておりました」
仕立ての良さそうなスーツを身に纏い、口髭を蓄え、朗らかな笑みを浮かべるその人は、響きの良い低音域の声で話しかけた──とても教職員には見えない人だ。
「本日は急なお願いにも関わらず、快くお引き受け頂きありがとうございます」
と言い、礼をする如月さんの普段の彼女とはまるで違うその言葉に、僕は少し驚き、同時に凄いなとも思った。
「いえいえ、構いませんよ。こちらこそ、取材だなんて光栄です。お茶を御用意しておりますので──」
「すみません。先に資料等を拝見させて頂ければと思うのですが……」
「ああ、分かりました。それでは資料室の方にご案内致しますね。私は
真摯に対応してくれる東雲さんは、まさに紳士のようだった。
東雲さんに案内され、階段で2階へ上がり、しばらく歩いたのち、少し古びた資料室に着いた。
「それでは、私は先程の教員室に居ますので、何かありましたらお声がけ下さい」
資料室を後にする東雲さん。もし僕が生きていたら、あの人が先生だったのかな。
「それじゃあ探そっか! 卒業アルバムとか今在校している生徒の名簿も許可とってるから見て大丈夫だよ!」
「卒業アルバムもですか……?」
「だって、君が卒業生でその制服を着て……っていう線もあるじゃない?」
なるほど……そこまで頭が回っていなかった。
──卒業生の可能性。
つまり僕は、高校生ではないかもしれないということだ。
如月さんは別の何かに気づいたらしく、
「あっ!」
と、声を上げた。
「ななくんって……何歳? わかんないよねぇ〜、これじゃどこから調べたらいいか……取り敢えず今年度の名簿から10年前のアルバムまで一通り見ようかなぁ」
「そうですね……」
アルバムを探すと 2212年から2221年だけで、30冊ほどの量があった。
如月さんによると、どうやらこの『紫乃槻高等学校』は伝統ある学校で入学する人数も毎年多く、一年で3冊もアルバムを作らなければ収まらないほどだとか。
「この中から探すんですか……」
幽霊少年は、疲労を感じない身体で、しかしこれからこの膨大な量を一冊ずつ探していくのだと思うと、疲れを感じざるを得なかったのだった。
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