第5話
「夢の話を聞かせて下さい」
2222年2月22日22時22分に死んで、何故か霊体になり、如月さんと出会い、名前が無い僕の名前決めをし──約19時間後、ついに話をすることになった。
待ちに待った大事な時間。
そんな僕が最初に選んだのは、彼女が見たといっていた、僕が出てくる夢の話だった。
「うーん、でも何から話したらいいのかなぁ…」
「でしたら、質問形式でもいいですか? 僕が聞きたいことを質問するので、それに答えて頂いたらいいかと」
「じゃあ、それで。あ、食べつつだからゆっくりめにお願い」
「ええ、分かりました。まずは、そうですね……いつ頃からその夢を見始めたんですか?」
と聞くと、彼女はドライカレーを食べ始めていた。
「うーんと、私今23歳なんだけれど、ちょうど20歳になってからかな、すっごい高熱が出て三日三晩ずーっと魘されてたらしくて。その後から夢を見るようになったの──」
如月さんの次の言葉を聞いて、はっとした。
「22日の夜に」
「……それって」
「うん、そう。君が死んだ日付と一緒。それから毎月22日にその夢を見るようになって、だんだん分析するようになっちゃったよ」
20歳になってから毎月22日。単純計算で、もう既に36回以上は見ていることになる。
だが、分析? 夢を分析するってどういうことだろう。
「それを聞きたいなら先に夢の内容を話した方がいいかも」
と、付け合せのサラダを食べながら喋る彼女。
「そうなんですか? では内容の方をお願いします」
「うん、おっけー!」
もう結構見てるからね、最初から最後まで全部覚えてるよん。
と、ピースする如月さん。
そりゃ、36回以上も見たら嫌でも覚えるだろう──それよりも彼女の説明力の方が心配なのだが。
如月さんは箸を止めて、改めて僕の目を見て話し始めた。
「映画館で映画を観るみたいにスクリーンに投影されるんだけど、映像じゃなくてフラッシュ撮影みたいな感じをイメージしてね。……最初は空、星一つ無い真っ暗な空──降り積もる雪──枯れた木々と学校の校門──階段を上る少年──月の光が照らす開けた屋上──屋上に一人立つ少年──街の灯りが煌めく夜景──そして、一秒ごとに近づいていく地面。これが夢の内容だよ」
彼女は説明を終えると、クリームコーンスープに手を伸ばしている。
如月さんの説明は驚く程に分かりやすく、同時に新たな疑問も浮かんできた。
「つまり僕は自分の意思で飛び降りて自殺を図ったということですか? でも、外傷は無かったって……」
そう、僕の遺体には外傷が無かった。打撲痕も、切り傷も、なにひとつとして見当たらなかったのだ。
「それは分からないけど、君と同じ背格好の少年──つまり君は、確かに屋上から飛び降りていた。それは間違いないよ」
「自殺……」
近年、一年間に約2〜3万人もの人が自らその命を絶っている──縊頸、服薬、服毒、投身、自刃、ガス中毒、入水、感電、焼身、凍死など──その方法は様々だ。
死因が不明だった少年は、死因が分かったことで、より明確に状況を理解し、更に多くの疑問と向き合うことになる。
「投身自殺を図ったのに外傷は無く、死因は不明だった。名前も、過去も分からない。そして霊体になり現世に留まった」
──何故、僕は自殺を試みたんだろう。
新たに疑問が湧いても、ひとつも解決しない。疑問に対するヒントが何も無いからだ。
このまま悩んでいても、なにも進展しない。
そう思い僕は、如月さんの夢を分析していたことについて聞くことにした。
「夢に出てくる景色からどの学校の屋上かを特定したんだよ」
「そんなこと出来るんですか?!」
「何回も見るから気になっちゃってさ。学校の校門は出てくるのに、校名までは見えなかったからね」
──それで、その学校名が『
如月さんは、携帯で調べ、制服を見せてくれた。紺色のブレザーに灰色のズボン、深い紫色のネクタイ──僕の今の格好とまったく一緒だった。
「すなわち僕は、この学校の生徒、ということですか? 何かしらの理由があって夜の学校へ赴き、自殺を……」
「理由までは分からないけれど、ななくんはこの学校の生徒、で間違いないと思うよ」
不明な点は依然として多いが、やっと、やっとこれで次へ進むことが出来る──実質、僕が死んでから約21時間しか経っていないが、僕にはとてつもなく長く感じた。
何はともあれ、まずは僕を知ることが出来る現状唯一の手掛かりである『紫乃槻高等学校』に行ってみなければならない。
「如月さん、その『紫乃槻高等学校』は何処にあるんですか?」
「んーっと、ここから電車で2時間ぐらいかな」
ちなみに歩いてだとその倍以上はかかるよ、飛んでいったらどれくらいかかるかは分からないけどね、と如月さん──たまに茶目っ気のある彼女に、僕は結構救われている。
「……明日、連れて行って貰えますか? 飛んでいきたいところですけど、場所を知らないので……」
「ぜんっぜんいいよ! 明日も休みだしね。さて! ご飯も食べ終わったことだし……8時か。私は明日に備えて早めにお風呂入って寝ようかな」
「僕は起きて本を読んでいますね」
「うん、明日も10時頃に出発ね! 一応アラーム設定しとくけど、もし寝てたら起こしてくれる?」
「はい、分かりました」
如月さんは言葉通りお風呂に入り、おやすみなさい、と挨拶を交わした後すぐに寝てしまった。
僕は如月さんに買ってもらった毛布と本を手に取り、ソファに寝転がった。
寝ないんだったら本を買ってあげるから、と出版社に勤めている彼女が選んだ一冊だ──タイトルには『彼の遺した日記』と書かれている。
内容は、ある夫婦が結婚して20年が経ち、夫が突然行方不明になった、というものだった。最後に夫の目撃情報があった場所には一冊の本があり、表紙を開くと彼の字で"日記"と書かれていた。そこから広がっていく予想だにしない結末、夫は生きているのか──いないのか。
本を選んでもらった時、如月さんにどのジャンルがいいかと聞かれたけど、よく知らなかったのでおすすめの本にしてもらったが……すごく面白い。
夢中になって読み進めていくうちに終わってしまった。
時計を見ると、ちょうど日付が変わっていた。2222年2月24日0時丁度。
「本も読み終わってしまったし、寝てみようかな……眠れるか分からないけれど」
毛布を肩まで被り、ソファに身を預けた。
頭を空っぽにする──さっき読んでいた本の内容も、明日行く高校のことも、全てを頭の中から押し出して空っぽにする。
……だんだん眠たくなってきた。
「きさらぎさん……」
睡眠欲は無いはずなのに、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。
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