第4話
「一緒に買い物行かない?」
初めてのショッピングモール。生前行ったことがあるのかもしれないが。
咄嗟に僕の姿は如月さんにしか視えない、と言ってしまったけれど、もしも霊感の強い人がいたら視えてしまうのだろうか……。
それよりも僕の名前決めで終わってしまった昨日の話の続きをしたいんだけどな。
どうやら心の声が漏れていたようで、
「それも大事だけど、腹が減ってはなんとやら、だよ!」
それを言うなら腹が減っては戦ができぬ、だろう。この人ほんとに出版の仕事してるのか? ……活字には触れない役割を担っている可能性もあるが。
僕は霊体だから大丈夫だけど、昨日から何も食べていないであろう(僕が知る限り)如月さんは相当お腹が空いているのかもしれない。
……仕方ないか。
「帰ったらちゃんとお話聞かせて下さいよ?」
「もっちろん! ななくんの本当の名前を知るためだもんね!」間違ってはいないけど、昨日からずっと名前ばかりに注目するなぁ。
そんなに僕の名前が知りたいのだろうか。夢に出てきた、死んで霊体になった少年の名前を 。
如月さんが、着替えるからちょっと待っててー、と慌てて寝室の扉を開けて中に入っていった。
時計を見るとまだ午前9時過ぎ。……そんなに慌てなくてもいい時間だと思うのだけど──お店が開くのは10時頃だと言っていたし。
「如月さん、待っている間テレビを観ててもいいですか?」
「いいよー! 1時間はかかると思うから好きなの観てて!」
1時間?! 驚きの返答が返ってきた。
(えっ? 準備ってそんなに時間のかかることだったっけ?)
まあ、彼女が1時間と言うのだから1時間はかかってしまうのだろう。
ソファに座り、目の前のテーブルの上に置いてあるテレビのリモコンの電源ボタンを押した。
テレビの電源の入れ方、時計の見方。
……こういう日常的に必要なことは覚えているんだけどな。
チャンネルを変えてニュースを観ることにした。
アナウンサーが原稿を読み上げる。
──緊急速報です。先程、○○県で土砂災害警戒情報が発表されました。崖の近くや谷の出口など土砂災害警戒区域にお住まいの方は市町から発令される避難勧告などの情報に留意し、少しでも安全な場所への速やかな避難を心がけて下さい。繰り返します──
人は突然死ぬ。自殺、他殺、交通事故、自然災害……僕の死も、日常的に起こるその他大勢の一人なんだ。
明日が来るなんて保証はどこにもない──だけど、僕には来た。死因も、名前も過去も、全てを知るチャンスが。
とにかく、詳しい話は如月さんの買い物が終わってからだ。
しばらくニュースを眺めていると、
「お待たせ、ななくん! おっ、1時間ぴったりだ。もうお店開いてるね」
如月さんは紺色に同系色のチェック柄が入ったパジャマから、オーバーシルエットの白いニットとデニムパンツといった格好になっていた。すごく如月さんらしい服装だ。
如月さんは僕の視線に気付いたらしく、
「どうかな? 動きやすさ重視にしてみたんだけど……どこか変?」
「いえ、全然……似合ってます」
「そう? ならいいけど、じゃあ行こっか!」
最寄り駅まで徒歩13分。そこから電車に20分ほど揺られ、ショッピングモールに着いた。
途中視える人に出くわさないかビクビクしていたが(如月さんには視えないと言っているので内心でだ)、案外居ないようなのでショッピングモールではさほど怯えずに済みそうだ。
ただ物事に絶対などある訳もなく、ショッピングモールに入り如月さんの進む後をついて行く。
するとすれ違う人々の一人がこちらに気付いた。彼は僕を視て、そして足元を見た後歩いてきた道を早足に戻っていった。
幸い彼女はその怯えた視線に気付いていなかったようだ──高校生の霊が憑いてると思われただけならいいのだが。
それにしても休日だからか人が多い。人酔いしそうだ、幽霊なのに。
「やっぱり喋ってもいいかな? ずーっと黙ってるの結構辛いよ」
「変な人だって思われますよ」
「別にいいもん、私は君と話せない方が嫌だから」
「……そうですか」
そう言われると少し照れてしまう。
だけど、如月さんと事前に決めた約束が早くも破られた。
"なるべく話さないこと"
僕に被害がある訳じゃないし、如月さんに奇異の目が向くだけだから良いんだけどね。一応作っておきましょうと言って作った、いわば義務的な約束だから。
「それで如月さん、どこに向かっているんですか?」
「ここだよっ!」
ショッピングモールの中のお店のひとつの前で、ジャーン!と両手を大きく広げる彼女。
「なんとなんと、美味しいご飯が食べられるところです!」
……正直、どこのご飯を食べても大体美味しいと思うんですが、という言葉を飲み込み、
「どんなご飯ですか?」
と、かろうじて言えた。
「当ててみて!」
本人はわくわくと楽しそうな様子だ。当ててみろと言われても……。
看板には黄色と白で『Freesia』と店名が書かれていた──フリージアは確か香りが良い花だっけ。花言葉は、無邪気、あどけなさ。
……すごく彼女を彷彿とさせる言葉だ。
なんでこんなこと覚えているんだろう。如月さんを待っていた時にテレビで見たのだろうか。
それにしても、店名が花の名前で美味しいご飯……全然思いつかない。
「降参です、教えて下さい。ここには一体どんな美味しいご飯があるんですか」
「ふふん、それはね……パンケーキだよ!」
ああ、パンケーキか。
パンケーキ?!
聞き間違いかと思い如月さんの訂正を待ったが、一向にその様子はなく……時刻は12時になろうとしている頃だった。
「お昼にパンケーキを食べるんですか?」
「美味しいじゃない?」
むしろ毎日パンケーキでもいいのに、とでも言いたげな顔だ。
店内に入ると、人の姿は無かった。やはり、お昼にパンケーキなんてほとんどの人が食べないのだろう。
観葉植物が至るところにあり、テーブルやイス、カウンターなど全体的にナチュラルなウッドテイストで柔らかな雰囲気を醸し出している。
すごくオシャレな店だ。店内の入口でふわふわと浮き、圧倒されていると、
「ななくん、こっちこっち」
と、如月さんが小声で呼んでいた。
彼女はもう、店員の方に案内されて席に座りメニューを見ている。僕も如月さんの後ろに回り込みメニューを覗いた。
美味しそうなパンケーキの写真に商品名、食欲をそそる一文が添えられている──そもそもパンケーキにこんなにも種類があるとは知らなかった、びっくりだ。
「それで何にするんです?」
「うーん、ここは普通にスペシャルデラックスパンケーキかなあ? それとも期間限定新メニューのアンリミテッドパンケーキ? ……やっぱり新メニューかな、すいませーん」
満面の笑みで、
「アンリミテッドパンケーキをひとつ下さい!」
という如月さん。
「おひとりでのお召し上がりですか……?」
「はいっ! お願いします!」
「それでは少々お待ち下さい」
期間限定新メニューが書かれているメニュー表を見てみると、注意書きがあった。
※当店の今現在出来る限界に挑戦した、およそ3人前のメニューとなっております。ご理解の上、ご注文頂きます様お願い致します。
見間違いか?いや、確かに3人前と記載されている。
おそらく昨日から何も食べていないとはいえ、3人前は流石に……
「如月さん、ちゃんと注意書き読みました?」
「もっちろん!」
本当に大丈夫だろうか。まあ、いざとなったら僕が食べればいいのだけど。
パンケーキが来るのを待っている間、彼女はずっとメニューを眺めていた。
どうやら写真に添えられた様々な一文を読んでいるようだ──活字には触れない役割を担っているかもしれない彼女もこういったものにはスイッチが入るようで、
「なるほど、これはいい表現かも」
と、メモ帳に書き記していた。
(如月さんも真剣になる時があるんだな……)
またもや失礼なことを考える少年である。だが、物事を慎重に考えすぎてしまう大人らしさの反面、そこに高校生(?)らしさが表れているのだった。
「お待たせしました、アンリミテッドパンケーキです」
お店の雰囲気にぴったりの木でできたトレンチに運ばれてそのパンケーキはやってきた──白い丸皿に高さ5センチ、幅20センチほどの分厚いパンケーキが三枚積み重なっており、その上から生クリームがこれでもかというほどかかっている。更に、一口大にカットされたイチゴ、マスカットがパンケーキの上にちりばめられていてシンプルながらも目を引くボリュームと色使いだ。
……確かにこれは凄い。一枚だけでも満腹感が得られそうなサイズなのにそれを三枚も重ねるなんて、注意書きも納得のボリュームだった。
それなのに、この大きさを見てびっくりするどころか目を輝かせてうっとりしている如月さんに僕はびっくりだ。
早く食べたい衝動を抑えながらも綺麗な写真を撮ろうと画策している、そんな彼女の頭上をふわふわと飛び目の前の席に座った(椅子は人に見られないようにそーっと動かした)。
「よしっ、いい写真撮れた! それじゃあいただきます!」
きちんと両手を合わせて挨拶をする如月さん、意外とちゃんとした一面もあるのが彼女の魅力なのかも。
パンケーキを丁寧に一口サイズに切り分け口に運ぶと、途端に笑みが零れ出して、
「ほれ、めひゃふひゃおいひい」
と、一言。
……なんと言ったのかさっぱり聞き取れない。
「全然分かりません、飲み込んでから喋ってくださいよ」
「ん……これ、めちゃくちゃ美味しいの。パンケーキふっわふわで、イチゴの甘酸っぱさとマスカットの爽やかな甘みが絶妙すぎる!
生クリームもほんと生クリームって感じ! 」
最後の一文は聞かなかったことにしよう。
途中まではとてもいい食レポだったのに、最後の一文のせいですごく残念な食レポだ。
それにしても、すごい勢いでパンケーキが減っていく。そんなにお腹が空いていたのだろうか。
既に三枚重ねパンケーキの三分の一を2分とかからず平らげた如月さんは、まだまだ余裕の表情だった──もう一人前を食べ終わったのか。
このパンケーキを作ったであろう方々もこちらを見て思わず絶句している様子だ。
「食べるの早いですね……」
「だってすごく美味しいんだもん。あ、すいません! アッサムミルクティーをひとつお願いします」
「か、かしこまりましたー」
飲み物を頼んだにも関わらず、それを待たずにまたパンケーキを食べ出す如月さん──本当に美味しそうに食べる人だ。食欲など湧かないはずなのに、思わず空腹感を感じてしまうその食べっぷりに、この店の方々も固唾を呑んで完食の行方を見守っていた。
程なくしてミルクティーが運ばれてきた。それを飲み、パンケーキを食べ、またミルクティーを飲む。
いよいよ最後の一口を満足そうに食べ終わり、ミルクティーを飲んでほっと一息ついた如月さん。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせ、完食の言葉を口にする。
周りでは拍手が沸き起こっていた。
「え? なになに、どうしたの?」
「如月さんが完食したことに対しての拍手ですよ」
「なんか恥ずかしいなぁ……さてななくん、ご飯も食べたことだし次に行こっか!」
次? 今、次と言ったか?
ここにはご飯を食べに来ただけなのだと勝手に思っていたが、次があるのか。
ショッピングモールだから他にもお店は色々あるのだろうけど──まあいいか。如月さんも購入したいものがある、ということだし。
「それで、どこに行くんですか」
「パフェ専門店!」
「まだ食べるんですか?! 流石にやめましょうよ。それに今日は話の続きをするんですから」
「……?」
話の続きってなんだっけ、というような顔だ──この人まさか忘れていたのか。
「ちゃんと覚えてるよ! 君の名前決めで終わってしまった昨日の話の続き、でしょ? 分かった、分かったよ。パフェは食べないから 」
残念そうにしゅん、とする如月さん。
……そんなに食べたかったのかな。
「でも、生活に必要なものは買っていい?」
「それは全然構いません、話のことを忘れていないならいいんですから」
如月さんはパフェを諦め(少し罪悪感を感じる)、食材や日用品を購入し、ショッピングモールを後にした──ちなみに彼女が買い物をしている間、僕はずっと彼女の頭上をふわふわと飛んでいた。
休日ということもあり、帰りは電車が来ても乗れないぐらい混雑していた──駅におよそ30分はいたと思う。やっと電車が来て乗車した。
そこからは行きと同じで電車に20分揺られ、最寄り駅から13分歩き家に着いた。
「はぁー、流石に疲れたよー」
大量の荷物をドサッと玄関に置き、靴も脱がずに大の字に寝転がる彼女。
「だから僕が持つって言ったじゃないですか……」
「だってー、君が持つと荷物が浮かんで見えちゃうでしょー?」
確かにそうだけど……申し訳ないなぁ。
玄関に無造作に置かれた荷物の中には、如月さんが僕に買ってくれた新品の毛布と、一冊の本がある。
「荷物が浮かんでいることぐらい、ポルターガイストだ、疲れてるのかなーって見て見ぬふりしてくれないものでしょうか」
僕は本当にそう思ったんだけれど、
「ななくん、それは無理だよ。いくら疲れてる人でも16時のポルターガイストは無視しないと思う」
と、真顔で言われた。
「それに今はネット社会だから、写真を撮られでもしたらすぐに広まっちゃうよ」
「そうですね……今後は気をつけます……」
荷物を持っていた訳でもないのに、怒られているような感じになってしまった。
その後、如月さんは起き上がり、購入した物を片付け、ご飯の準備を始めた。
片付けぐらいは手伝おうかと打診したのだが、断られてしまった。僕ってもしかして、頼りないのだろうか。
彼女は次々に料理を作っている──野菜がたっぷり入ったドライカレーにクリームコーンスープ、付け合せのコールスローサラダ。
その手際の良さが、料理をしたことも、包丁を持ったこともないであろう僕にはとてもかっこよく見えた。
「よしっ、お待たせ! ご飯できたから、食べながらお話しする?」
そう言いつつテーブルの上に料理を並べ、椅子に座る彼女。
「はい、僕は食べませんけど、如月さんさえ良ければ」
「分かってるよ、だからななくんの分は作ってないんだもん。それで、何の話からしようか?」
僕も話がしやすいように、彼女の目の前の席に座り本題に入った。
「まずは、如月さんが見た夢の話を聞かせて下さい」
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