第3話
「僕の話を聞いてくれますか?」
説明した。
死んで霊体になったこと。死因は分からず、名前も、どこの誰なのかも不明なこと。物心ついた時から見る夢の話、その夢に如月さんが出てくること。
全てを聞き終えた如月さんは、ふーっと一息つき考え込んでいる。
「ふむふむ、つまり少年には名前がないということね?」
そこか? 今一番に確認すべきは僕の名前が無いことなのか?
「まあ……そうなりますね……」
「じゃあ私が名前を考えてあげる!」
やっぱりそうなるのか。
確かに名前が無いと如月さんが不便だろうし(ずっと少年とか君と呼ばれていた)、あった方がいいんだろうけど……。
何故か彼女に任せてはいけない気がする。
「そうだなー。名前が無いから"ななし"から取って"なな"くんで!」
……安直だ。
まだ数時間しか一緒に居ないけど、如月さんは単純で短絡的だから考えていることが手に取るように分かってしまう。
別にネーミングセンスを求めている訳では無いし、なんでもいいか。
「如月さんがそう仰るのであれば…」
「よしよし、それではななくん!」
さっきまでは少年とか君だったのに、いきなり名前呼び、しかも君付けだなんて……ちょっとこそばゆい。
「なんでしょうか?」
そろそろ寝よっか、と如月さんは言った。
時刻は深夜3時を回る頃。
流石に眠たかったようで、布団に入ってすぐに寝息が聞こえてきた。
如月さんは同じ布団で寝てもいいのに、と言っていたがいたたまれないので毛布を貰い、ソファで眠ることにした。
壁を一枚隔てた向こう側に如月さんが寝ていると思うと少しドキドキしてしまう。
なんか変な感じだ。
ソファの後ろには棚があり、写真立てが5つ並べられている。
ふわふわと近づき写真を見ると、どうやら家族写真のようだった。3歳 、7歳、13歳、16歳、20歳と書かれていて順番に並んでいる。
だが妙だ。如月さんと如月さんの両親、3人が写っているが如月さんの横に誰かがいるような空間がある───4人目がいたような、そんな空間が。
これはなんなのだろう……後で聞いてみようかな。
それにしても、全然眠くない。
というか幽霊って睡眠は必要ないんじゃないか?
どうしよう……特に出来ることもないし如月さんが起きるまでこのまま横になっていようかな。
たった数時間一緒に居ただけなのに、一人が急に寂しくなってきた。
……。
壁をすり抜けて彼女の寝ているベッドの前に座った。
改めて見ると如月さんはとても整った顔立ちをしていた。ぱっちりとした目元にスっと通った鼻筋、ちょこんとしたほんのりピンク色の唇。
肩に少しかかったショートの髪型がとてもよく似合う人だ。こういう人を、可愛いって言うのかな。
……僕は何を言っているんだ、失礼だろう!
「……んー」
如月さんが寝返りを打ち、髪が頬にかかった。その髪をそっと撫でる。
これから、僕はどうしたらいいんだろう。
如月さんに出会えたのはいいけど、結局僕のことは何も分からなかった。
明日、もっと詳しく話を聞かせてもらおう。現状出来るのは話を聞くことぐらいだ。
……写真のことも聞かなくては。
如月さんがいる部屋を出てソファに戻り、自分の身体に毛布をかける。
開いていた窓から入る夜風が心地よい。
僕はそのまま、目を閉じた。
空が明るくなってきたようだ。
目を開けて時計を見ると、長針が頂上を指す、という頃だった。
もうすぐ8時か。
──カチッ
時計の針がひとつ進む音だ。
それと同時にピピッ、ピピッとアラームの音がした。如月さんの寝ている部屋の方からだ。
しかしアラームが鳴り止む様子はない。起こした方がいいのだろうか。
でも勝手に寝室に入るのはよくないよね……いやあの時は確かに勝手に入ってしまったけれど不可抗力というかなんというか……
──ガチャッ
「…あれ? ななくん起きてたんだ、おはよー」
「あ、おはようございます。霊体なので睡眠が必要ないみたいで……」
「ずっと起きてたんだ、今から朝ご飯作るけど……食べる?」
それとも幽霊だから食事も要らない?と如月さんは冗談交じりに言った。
言われてみれば、死んで霊体になってからずっと空腹感を感じない。
幽霊には食欲も、睡眠欲も無いのか。本当に便利な身体だ。
改めて感心していると彼女は、
「ありゃ、食材全然ないなー」
と、小型の冷蔵庫を開けている。
「ななくんって、多分私にしか視えないんだよね……一緒に買い物行かない?」
かくして名も無き少年"なな"は、霊体になり初めてのショッピングモールへ行くことになった。
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