第2話

「お姉さん……僕を、助けてください。」


 誰だって、突然助けてなんて言われたらきょとんとするだろう。僕だってそうだ。

 しかも日付が変わりそうな時間に。

「……その制服、高校生? 家出少年かな?」

 少し枯れた鼻声で女性は言った。

 ん? 制服??

 自分が着ている服を見てみると、確かに制服だった。

(今まで状況ばかりに気を取られていて自分 の姿なんて確かめもしなかったな…)

 少年は、紺色のブレザーに灰色のズボン、緑色のネクタイをしていた。

「高校生……だよね? こんな時間にどうしたの?」

 夢に出てくる女性、なんて言ったら不審がられるだろう。しかしなんと言えばいいんだ。

 そもそも僕の夢に出てくるというだけであって向こうは僕のことを全然知らない、なんて可能性もあるんじゃないか?

 むしろ知っている方がおかしいという気がする。まさかこの女性も同じ夢を見る、なんてことは流石に無いだろうし…。

 このまま立ち去って(飛び去って)しまおうか、そう思った時──。

「あっ、少年!」


「君ってもしかして、死んでる?」


 まあ、死んでるかどうかと聞かれれば死んではいるが。足元も透けているし……。

 夢に出てくる、と言われることを少しばかり(本当に少しだけ、ほんのちょっぴり)期待していた。

 だが、言わないということはつまり僕が一方的にこの女性を知っていただけなのだろう。

「突然、君死んでる? なんて言われたら頭おかしい人なのかなーとか思っちゃうよね。ごめんごめん」

 私はこういう人です、そういって名刺を渡された。

 まつよいぐさ出版

 第一編集部 如月 翠

「きさらぎ……みどり?」

「みどりじゃなくてすい、きさらぎすい。漢字は決まってたらしいんだけど、読み方は母がすい、父がみどりで喧嘩になって最後はジャンケンで決めたんだって。」

 この場合、なんと呼べばいいのだろうか。

 先程までは名前を知らなかったのでお姉さんと呼んでいた(そんなに呼んでいない)が、名前を知った今、如月さん、と名字で呼ぶのがいいのだろうか……。

 些細なことでも真剣に悩んでしまうのが名も無き少年の長所であり、欠点でもあった。

 現にこれまでの女性との会話が会話として成り立っておらず、女性の一方的な独り言のようになってしまっている。

 もし第三者が少年のことが視えていて、かつ声が聞こえていたとしてもやはり女性の独り言だと思うだろう。

 ここには第三者どころか鳥の一匹すら居ないし、そもそも少年が視える者など皆無なのでどう足掻いても女性の独り言で終わってしまうのだが。

「如月さんはなんで僕が死んでいると思ったんですか?」

 迷った末に如月さんと呼ぶことにした。

「だって足元が透けてるし、こんな時間に制服を着た高校生は滅多に居ない。それに、最近同じ夢を見るんだよ。君に似た君と同じような制服を着た人が死ぬ夢。」

 まさか正夢だとはねーと如月さんは言った──夢、如月さんも夢を見ていた。

 物心ついた時から僕が見ていた夢と、何か関係があるのかもしれない。

「あの、僕も夢を見るんですけど、その夢に如月さんが出てくるんです!」

 関係があるかもしれないことが分かった今、話さない訳にはいかなかった。

「ふーむ、少年も夢を……ね。さて、家出少年! 帰る家が無いんだろう?」

「家出は多分してないと思いますけど…」

「細かいことはいーの 、私の家においでよ! 続きは家で話そ? お姉さん寒くて死んじゃいそう」

 僕は死んでるから寒さを感じないけど、ずっと雪が降っていたから結構寒いだろうなあ。

 それなのに話をしてくれて……。如月さん、すごく良い人だ。

 如月さんに手を引かれ、公園を出た。

 地面には少し雪が積もっていて、踏むとサクサクと音がする。

 死んだのに触れることが出来るとは、結構便利な身体だな。

 しばらく歩くと、如月さんが住んでいるアパートの一室に着いた。

「さあ少年、入ってどーぞ」

「……お邪魔します」

 部屋に入ると、グリーンカラーのキッチンや棚、テレビの横には観葉植物が見えた。

 すごくオシャレな部屋だ。僕なんかが入ってもいいのだろうか……。

「どうしたの少年、早くおいでよ」

 靴を脱いで上がろうとしたが、ここは一つ幽霊らしくフローリングから5cm程浮いて移動した。

 ふわふわ奥に進み、如月さんのいるソファの手前で止まったが浮いているのを見ても別段驚かれず、逆に

「そっか、君死んでるもんね。いーなー、私も幽霊になりたい」

 などと言われた。

 死んだらいいのでは? と思ったが、思うだけに留めた。流石に失礼すぎる。

「他にはどんなことが出来るの?」

「幽霊らしいことは大体出来るみたいです。」

 じゃあ、壁すり抜けたり?

 できますよ。

 やってみてよ!

 いいですけど……。

 そうして一通り幽霊らしいことを実演させられた、時刻は深夜1時頃。

 僕が死んでから3時間ほどが経った。

 未だに何も分からないが、僕の夢に出てくる女性、如月さんという人と出会うことが出来て良かった。

「そういえば、少年の名前は?」

「もう深夜ですよ、寝ないんですか? 明日……というか今日ですけど仕事はお休みなんですか?」

「もちろん! 土日は基本お休みのちょーホワイトな職場だからね」

 と、ウインクされた。

「…そうですか、それならいいんですけど」

「うんうん! それで、少年の名前は?」

 名前を聞かれたが僕には名前が無いんです、といったところで理解できないだろう。

 それにこの女性は夢の女性なのだ。必ず何か関係がある──だから説明しなければ、僕のことを。


「僕の話を聞いてくれますか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る