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3月6日


 手がブルブルと震える。

 思わずペンを落としそうになるけれど、どうにかこうにか書いている。


 今日という日は絶対に書き残しておかなければならないから。

 今日は私の運命を変える一日だったのだから。


 一言一句余すことなく書こうと思う。


 おそらくこれが私の最後の日記となるだろう。


 この日記をいつか誰かが読んだなら。


 どうか、汚い字であるのをお許しください。





※   ※   ※





「侯爵令嬢リンティア!貴様の悪行の数々、最早我慢ならん!私は今この場で貴様との婚約を破棄、並びに妹のフレアリアとの婚約を宣言する!」


 これは、卒業パーティの会場で、声高らかに宣言された王太子の言葉だ。


 宴もたけなわ、誰もが楽し気に過ごしていたパーティ中に、それは始まった。

 王太子とフレアリアの舞台が。三文芝居という舞台が開かれたのだ。


 いきなり王太子は私を指さし大声で言ったのだ。私の事を悪女だと。


 が、私には何のことかサッパリ分からないので、首を傾げるしかない。


 彼の背後には、隠れるようにフレアリア。ニヤニヤしてるのが見えてたのには呆れたけれど。

 更に王太子を取り巻くのは、高位貴族の面々。でも待って、彼らは確かフレアリアといい感じになってた方たちではなかったかしら?


 周囲からヒソヒソと聞こえてきたのは「こんな場で不謹慎な」「せっかくのパーティが台無しだわ」といった、不満げな言葉や空気。けれど彼らはそれを気にすることも無い。気付いてないのかもしれないけれど。


 王太子は「シラをきるか、流石だな。お前のような醜い女は見た事が無い!」などと言って顔をしかめていた。


 その顔を見て、何を言っても無駄だと感じた。


 おそらくは「この流れでいく」という、あらかじめ彼らのストーリーがあったのだろう。私が何を言っても無駄なのだ。だから私が黙っていると「何も言えないか、そうだろうな。真実なのだから、お前に反論などあるわけもない!」 などと言うではないか。


 そうじゃない。黙っているのは、何を言っても無駄だと思ったから。

 そんな私の言葉はきっと彼らには届かない。彼らのシナリオは絶対だ。


 フレアリアにした悪行は、複数の者が目撃している……そんな王太子の言葉と同時に、側に控えてた高位貴族の令息たちが前に出た。


「僕はフレアリアの教科書を破ってるのを見た!」

「私は生意気だと、フレアリアの頬をぶつのを見たぞ!」

「俺は聞こえよがしに悪口を言ってるのを聞いた」


 本当に呆れて言葉が出なかった。今思い出しても腹が立つ。


 それは全て──全て私がされたことではないか。

 紛れもなく、フレアリアが私にしたことではないか!


 悔しくて唇を強く噛み締めた─血の味がした。握りしめた手は爪が食い込んだ。


 あまりの暴挙に睨みつけると「何だその目は!」と、王太子が手を振り上げた。が、それを制したのは何とフレアリアだった。


 お待ち下さい、と弱々しげな声で──そんな声が出せたの?と驚くようなか弱い声で王太子を止めるのだ。


 そして一歩前に出たフレアリアの目には涙が浮かんでいた。


「お姉さま、どうかご自分の罪を認めてください!わたくし、階段から突き落とされたときは本当に死ぬかと思いましたわ!このままではお姉さまは、殺人を企てた罪で死罪となります!」


 絶句。

 私は初めて真の絶句をした。

 何を言ってるのか理解できず、何も言えない、指先一つ動かす事もできず、固まってしまった。


「何も言うな、フレアリア。そなたが大怪我を負って床に臥せっていたのは私も知っている。やつの罪は誤魔化しようがない。死罪は当然の結果だ」


 とは王太子の言葉。


「ああ、お姉さま……!」


 と、顔を手で覆って、泣き真似をするのはフレアリア。


 なんと酷い芝居だったことか。誰も見たくもない、あまりに出来の悪い芝居を見せられて、私は気分が最悪だった。

 体がふらつき、倒れそうになったところでどうにか踏ん張ったけれど……そこを王太子が突き飛ばしてきたからたまらない。


 私はその場に本当に倒れ込んでしまった。


「良いざまだな、リンティアよ!罪人はそうやって床に這いつくばるのがお似合いだ!」


 ……ああ、血が沸騰しそうなくらいの怒りというのは、本当にあるのね。


 私の目の前は怒りで真っ赤になった。


 どうせ死罪になるのなら──いっそ、フレアリアを道連れに……


 そう思って顔を上げた時だった。




「誰が罪人だって?」




 低い声がその場を支配した。

 怒りに満ちているとすぐに分かる声音で。


 彼はその場に姿を現したのだ。



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