ケース3 夫婦間倦怠期の男性


 「いらっしゃい」


「………」


 入って来るなり無言で悲痛な面持ちの男性、物凄く酒臭い。

 これはただ事ではないとアンジェリーナは思った。


「どうしたの? 奥さんか彼女にでも逃げられた?」


「いや、逃げられてはいない……嫁から別れ話を切り出されたんだ……」


「そう、それは大変ね……私はアンジェリーナ、さあそこに座って」


 椅子に座っても彼の表情は晴れない。


「あなた、子供は居るの?」


「居ない、恥ずかしい話しだが付き合ってから結婚してこの方、彼女との夜の営みが一度も無いんだ」


「まあそれはそれは気の毒ね」


 まったく気の毒そうに聞こえないアンジェラの慰め、しかし彼にとってはそんな態度は特に問題ではない。


「何なんだ……俺は酒も博打もやらないし仕事が終わったら一目散に家に帰るし、休みの日は彼女と出掛けたりしているんだぞ!? それの何が不満だっていうんだ!?」


 タガが外れたかのように男性から噴き出す不満。

 常にいい夫であろうと努力してきた結果が実らなかった事に対しての憤り。

 だがアンジェリーナには先ほどの夜の営みがないという事が引っ掛かっていた。


「ちょっと待ってなさい」


 アンジェリーナが奥に部屋へと引っ込む。


「おい!! どこへ行く!?」


 置いてけぼりを食らって憤慨する男性。


 数分後、アンジェリーナが戻ってきた。


「どこへ行っていた!? この占い屋は客を幸せにするんだろう!?」


「そうよ、だからこれを持ってきたわ」


「何だこれは!! ふざけてるのか!?」


 アンジェリーナに渡された紙袋を覗き込み男は怒りを露にした。


「いいえ、ふざけてないわ……あなたが本当にその人と別れたくないならそれを使いなさい……彼女があなたに冷たい原因はそれで分かるわ」


「何だって!?」


「私は別にいいのよ? あなた達が分かれたって、でも彼女にだって秘密はあるのよ、どうせこのままでは分かれることになってしまうのだからこれが失敗に終わっても痛くも痒くもないでしょう? そして上手く言えば御の字」

 

「うむっ……」


 それを聞いて徐々に怒りが収まっていく男性。


「分かった、上手くいかなかったら怒鳴り込んでやるからな!!」


「ええ、ご自由に……」


 男性は紙袋を持ち乱暴にドアを開け放ち出て行った。




 数日後。


「アンジェリーナさんはいるかい?」


「ああ、あなたはあの酔っ払い」


「それは言わないでくれよ、あの時はやけを起こしてたんだ許してくれ」


「それで、隣の片は?」


「ああ、紹介します、家内です」


「こんにちは、この前は家の人がご迷惑を掛けたようで……」


 うやうやしくお辞儀をする女性。

 アンジェリーナの前にはセーラー服を着た女性が二人立っている。

 いや、片方は男性なのだが。


「あの日帰ってからこいつが留守の時にあんたがくれたセーラー服を着てメイクをして帰りを待っていたんだ

 帰ってきて俺を見た途端こいつは涙を流してな……理由を聞いたらこいつは実はレズビアンだったんだ、誰にも言わずずっと隠していたってね

 しかし身内の目を気にして俺と結婚したがどうしても男を愛することが出来ず、俺に別れを切り出したって言ってくれた。

 だから俺は言ってやったんだ、これからは俺がずっと女装をして女らしくするから一緒に暮らさないかってな

 世間一般の夫婦の形に別にこだわる事は無いんだ、俺はお前と一緒に居たいってね」


「とても驚きました、この人がこんなことを言い出すなんて……でもね男言葉は少しづつ直していってね」


「ああ、分かった……いや、ええ、分かったわ」


「じゃあ、これからもやっていけそうかしら?」


 アンジェリーナが尋ねる。


「もちろん、相手に寄り添う事が愛情なんだって気づかせてくれてありがとう」


「そう、お幸せにね」


 二人は頷くと仲良く手を繋いで館を去り、アンジェリーナはそれを見送った。


 ここは魔女のいる占い館……相談に訪れた者は必ず幸せになるという。

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