ケース4 連れ子が懐いてくれないバツイチ男
占い館の扉がとてもゆっくりと開く、いつもの軋み音がし尚ほどに。
「いらっしゃい」
しかし常に扉に向かって座っているアンジェリーナには隙は無い。
館を訪ねたのは特に目立った特徴のない至って普通の男性だ。
「会社の同僚に聞いた、ここはあらゆる厄介ごとを解決するのだと……」
「私はこの占い館の主アンジェリーナ……まあ、それは買いかぶりですわ」
「同僚がいきなり女性用スーツで会社に来るようになった、しかし前よりも生き生きとしている、まるで水を得た魚のように……聞けばこの館で相談に乗ってもらったことで夫婦の絆を取り戻せたと」
「ああ、あのお客様、よく覚えていますよ」
少し前、酒に酔った状態で現れたあの客だ。
奥さんがレズビアンだったため自ら女として暮らす事を決断した男性である。
「そこでだ、俺の相談にも乗ってはくれないだろうか?」
「ええ、もちろん……あなたはどんなことでお困りなの?」
来るもの拒まず、それがこの占い館のモットー。
「実は俺はバツイチなんだが、再婚したんだ」
「まあ、それは良かったですわね」
「ああ、それ自体はいい……しかし再婚相手が俺と結婚して三か月経たないうちに事故で無くなってしまったんだ……」
「まあ、それはご愁傷様……」
「それでその相手には高校生の息子がいて今も俺と同居しているんだ、以前から俺には懐いていなかったんだが母親が死んでからは部屋に引きこもり俺とは口も利いてくれなくなったんだ」
「母親が亡くなったのが余程ショックだったのでしょうね」
「それは分かる、しかし血は繋がっていなくても俺はあの子を本当の息子だと思っている、何とかあの子と絆を深める事は出来ないだろうか?」
アンジェリーナに向けられる真剣な眼差し……彼の言う事に嘘偽りは無い様だ。
「あなた、亡くなった奥さんの写真はお持ち?」
「はい、これです」
男は運転免許証入れから一枚の写真を抜き出しアンジェリーナに渡した。
「あら、綺麗な人」
「ありがとうございます」
「あなた方、少し顔が似ているわね」
「ええ、よく周りからは
男は懐かしそうな、それでいて悲しそうな表情を浮かべる
「あなたは今でも亡くなった奥さんの事が好き?」
「当たり前です、再婚とは言え俺の彼女への愛は本物ですから」
「そう、ちょっと待っていて」
アンジェリーナは奥の部屋に移動し、紙袋を持って戻ってきた。
そして差し出された紙袋を受け取る男性。
「これは?」
「連れ子さんと本当の家族になる手助けをするものよ、同時に亡くなられた奥さんへの愛を試されることになるけれど、大丈夫かしら?」
「大丈夫です!! 必ずあの子と家族になって見せます!! ありがとうございました!!」
そう言うと男は深々と頭を下げ館から出て行った。
数日後。
「こんにちは!!」
「あら、あなたはこの間の」
「上手くいきました!! それで報告がてらお礼をしにまいりました!!」
彼の持っていた紙箱をテーブルの上で開くと、アップルパイが出て来た」
「まあ、ありがとう、どこのお店のパイかしら?」
「これ、私が作ったんです」
「あら、そう」
そのアップルパイはまるでどこかの有名スイーツ店で売られていそうなほど出来の良いものだった。
「いまお茶をいれますね」
「済みません」
アンジェリーナがダージリンの紅茶を運んできてちょっとしたお茶会が始まった。
「上手く化けているじゃない」
「はい、死んだあいつに瓜二つですよ……生前散々まじかで見てきましたからね」
男性はアイボリーのフィッシャーマンセーターをワンピースの様に着こなしウェービーなロングヘアを幅広のカチューシャで留めていた。
「頂いたこの服はお見せした写真を撮った時に彼女が来ていた物ですがよく似たものをお持ちでしたね」
「まあその辺は私の趣味のような物かしら」
「この恰好をしてあの子の部屋に入ったんです、するとあの子母さん母さんって泣きついてきて……そのまま一晩抱き合って寝たんです
まさか私にこんなに母性本能があったなんて自分でもびっくり、勤め先を辞め家にいることにしたんです、今は在宅で出来る仕事もありますからね
それからはあの子も引きこもりを止めて学校に行くようになりました、本当にありがとうございます」
「礼はいいわよ、私は私が与えた切っ掛けで人が幸せになるのがこの上なく好きなの」
「あなたは神様のような人だ、いえ、女神さまです」
「女神なんて柄じゃないわ、ただの魔女よ」
照れ隠しにアップルパイを一欠け持ち、かぶりつくアンジェリーナ。
「それなら魔女でいいんです、優しい魔女様……」
連れ子の母親になった男はその様子を微笑みながら見守るのであった。
ここは魔女のいる占い館……相談に訪れた者は必ず幸せになるという。
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