第45話 夏へ飛ばす紙飛行機

手持無沙汰に、ベンチに腰を掛けて。改札口上の時刻表を見上げていた雄馬は、不意に感じた甘い香りと、人の気配に隣に眼を向けた。

綺麗に切り揃えられたボブヘアーから覗く杏のうなじに雄馬は思わず伸び上った。


「びっくりする事ないじゃない」

屈託なく笑う杏に毒気を抜かれて雄馬は首を竦めた。


まだ始発も来ない駅の人影はまばらだ。


克己に言われて。したこともない早起きをして早朝の駅に来た雄馬だったが、ここで想い人の杏と会おうとは想像もしていなかった。


「こんな朝早くからどうしたの?」

コンビニで見かける時と同じに、気楽な調子の杏の言葉に雄馬は言い淀む。

「いやアノ……」

「そういえば……」

言いかけた雄馬の言葉を遮った杏が手を口にあてる。

「今日、引っ越していくんだよね……」


杏の言葉に今更のように今の境遇を思い出す雄馬。


今頃は母さんが起きて朝ごはんの支度を初めているかもしれない。

父はまだ寝ているだろうか。


「電車、何時?」

雄馬の顔を覗き込むように聞く杏に、雄馬はいずまいを正して答える。

「お昼前の急行で」

偶然だろうが。

同時に改札上の時刻表を見上げる二人。


「まだ時間はあるね?」

言った杏が問う様な視線を雄馬に向ける。

「はい」

「なのになんでこんな時間にここに?」


答えに詰まって雄馬は杏に向かって肩を竦めて見せた。


「もしかしてさあ……」

杏が悪戯っぽい笑みを浮かべて雄馬に迫る。

「あたしに会いたくてここに来た?」

数瞬動きを止めた雄馬が、姿勢を正して言った。

「はい、そうです。ここを離れる前に杏さんにお別れ言いたくてここに来ました」

雄馬は咄嗟に大ウソをついた。

克己に頼まれてここに来ただけで杏が来ることなぞ知る由もない。


「喫茶店で」

言葉が勝手に出てきて。頭の中では克己が行っていたあの言葉が繰り返されていた。

「ここでやり残したことが有るんだろう?」


「喫茶店で……」

眼を丸くする杏の目を正面から見ながら。

「初めて見た時から気になってました」

杏は只動かずに、目の前の少年を見つめている。


「最初は櫻井さんの彼女さんかと思いました」


「そうじゃないと気付いてからは……」

今しか無いともう知っている雄馬は。

「引っ越しちゃうけど……まだ頼りない坊主ですけど……」


「お友達になってください」

言って両手を差しだした。


中学3年の幼い少年は、最後の朝に向かって思い切り想いの紙飛行機を飛ばした。

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