第44話 朝
窓から差し込む朝日の温もりがもたらす、ベンチの木目から立ち上る夏の匂いが克己を起こしてくれた。
朝日の照り返しに染められた待合室に、もう玲子の姿は見えない。
いつの間にか窓際のベンチに横になっていた克己は肩まで掛けられた毛布の感触に身を起こす。
待合室中央のベンチには、昨夜拡げた荷物がそのまま広がっていて、玲子が羽織っていた克己のジャケットが抜け殻のように被せられている。
無人とはいえ、駅舎の入り口にも、改札口にも一応サッシは備えられてはいるが、今はどちらも開いている。
恐らく先に起きた玲子が開けたのだろう。
入り口の外を見ても人影は見えず、克己は改札をくぐる。
まだ高く上がっていない太陽は、直接日差しを届けてはくれないが、充分に闇を払って穏やかな早朝のホームの風景を克己に見せてくれていた。
無人駅の周囲を包む草いきれにむせながら、玲子の姿を探す克己の視界に。
ホームの端の植え込みに木陰を作る大きな木の幹に向かって背伸びする玲子の背中が映る。
距離があって何をしているのかまではわからないが、懸命に伸びをするその後ろ姿をみているだけでも、玲子の必死さが背中から伝わってくる。
(こんな朝早くから)
「何やってるんだろう……」
一人呟いて微笑して大きく深呼吸する。
夏の終わりの朝の空気は、空の青さと緑の息吹を合わせて。
ついでに昨夜嗅いだ玲子の甘酸っぱいうなじの香りも克己に思い出させる。
「おーーい」
呼びかける克己の声に振り向いた玲子。
伸ばしていた右手を胸元に戻して左手を大きく振る。
こちらに向かって歩き出した玲子の姿を確かめて。
待合室に戻った克己はランタンのガラス部分を外して折り畳み三脚をセットしてカップを置くとランプに火を点けた。
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