第43話 熱い涙

「あたしね……今日新しい下着に変えて来たんだよ……」

玲子の言葉に克己の後頭部にズキンと鈍い痛みが走った。


冷静に考えれば、まだ16の子供とも大人ともつかない年齢とは言え、身体は既に少女から女性への階段を上り終えた身。

駆け落ちに誘ったその時に想定していなければならない事だったが、克己にそんな余裕などあった筈も無い。


「別にね……」

克己の肩の上で微かに身じろぎした玲子が続けた。

「特別にね、何か考えた訳じゃないの……」

一旦動きを緩めていた玲子の両手が再び克己の手のひらをもてあそび始める。

「只ね、ちゃんとしなくちゃって……」

「ちゃんとしなくちゃ皆に申し訳ないなって」

玲子の体重が克己の身体に沈み込む様に存在を増していった。

滔滔とうとうと語る玲子の言葉に克己が頭を垂れて言葉を返す。

「ゴメン……俺のわがままで……」

「あやまらないでっ!」

激烈な玲子の反応に驚いて。克己が見つめた玲子のかたちのいいあごは震えて、切れ長の双眸には光る物。

「謝られちゃったら私どうすればいいの!?」

涙で滲んだ顔を克己の肩に遠慮なく擦りつけてくる。


「ここに来るまでどんなに苦しんだか」

克己の肩に頭を押し付けたまま。

克己の肩を額で叩きながら。

「驚いてないふりして」

「気になってないふりして!」

無人駅であることをいいことに。もう玲子は体裁を繕うのをやめて泣きじゃくっている。

「転校まじかに告白されてどんなに迷ったか!」

「ダンスだ浴衣だ振り回されて!」

「お父さんお母さんはこんな馬鹿な娘を後生大事に育ててくれて!」

「弟はこんな身勝手なお姉ちゃんを思ってくれてて……」

言いながら大きく首を横に振る玲子の肩は震えている。


「そんな両親を、そんな家族を捨てて来たあたしには」

涙に濡れそぼった両目を見開いて、玲子は克己に詰め寄る。

「克己君を選んじゃった!!」

行って玲子は泣き崩れた。

「克己君を選んじゃったんだよう!!」

克己に縋って泣く玲子の肩に克己も顔を埋めた。

二人だけの待合室に玲子のすすり泣きだけが響いていた。



「だから……」

ひとしきり嗚咽を漏らした玲子が顔を上げた。

「だから、迷ったり、後悔したりしないで」

縋るようなまなざしで克己に言い募る。

「克己君に預ける覚悟決めて来たのに」 

「あたしの行き場無くなっちゃう」


見上げる玲子の顔は涙と鼻水で濡れ光っている。

克己は返事に代えてその玲子の唇を自分の唇で塞いだ。

玲子の唇は、玲子の涙と鼻水と、克己の涙が入り混じって只熱く甘美な味がした。

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