第42話
タイマーだろう。
照明がゆっくり落ちると克己の点けていたランタンの灯りだけが克己と玲子の周囲を照らす。
柔かな灯油ランプの光は優しくて、若い二人の上気した頬を照らしはしても、二人には広すぎる無人駅の待合室全体までは照らしはしない。
まるでまだ年若い二人を淡い光のベールで守っているようにも見える。
「克己君は……」
ランプの光に染められた玲子の横顔を見つめ、克己は玲子の君呼びに耳を澄ます。
「わたしが転校するのわかってて……どうして告白したの?」
克己にとっては今更過ぎる玲子の質問に、克己は顎を上げて自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「後悔したくなかったんだよ」
一拍置いて繰り返す。
「後悔したくなかったんだ……」言って今度は
木製のベンチは、まるでランプの熱を受け取ったように玲子には温かく感じられた。
たかが小さな灯油ランタン、すぐ隣のベンチに置かれているからといって玲子を温めるほどの熱を放出しているわけもないのに。
右半身はランタンの仄かな灯りに、左は寄り添って手を握りしめた克己の温もりに温められて玲子はうつつに囚われる。
克己の言葉の意味もわからないし、その言葉を信じる根拠も持たないのに。
玲子は逃げるように今の居心地の良さの中に逃げ込む。
もう今日は通過する列車も無い線路を、律儀にホームの照明は照らし続けている。
聞こえてくるのは少し離れた国道を行き交う車のたてるタイヤ音とも、なんと形容したらいいのかわからない風切り音と、声とも呼べない虫の声だけだった。
克己の肩に半分顔をうずめたまま、今度は玲子が小さな声で語り始める。
「うちのお父さんね、元は転勤族だったんだって」
そう言いながら玲子は毛布の上の握った克己の手を両手で弄ぶ。
「あの町でお母さんと知り合って。私が出来ちゃって町を離れる訳に行かなくなっちゃったんだって」
顔を上げて可笑しそうにころころ笑う。
克己は克己で、弄ばれる自分の手のひらと、細くて如何にも軽そうな、艶やかな髪を蓄えた玲子の頭部を同時に視界に納めて悦に入る。
「成程……犯人は玲子だったのか」
笑いを含めて言う克己に玲子が反論する。
「ひどーい。人を犯罪者みたいに」
口を尖らす玲子がまた
小さな駅舎に差し込むホームを照らす外灯の灯りは、改札横の素ガラスを通して待合室に虫の羽ばたきの影を映していた。
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