第41話 二人だけの夜
「最終が出てからも、しばらくは灯りは点いてるらしいけど……」
誰も居ない待合室に足を進めて。
言って克己は木製のベンチにパンパンに膨らんだリュックを置くと中から丸めた毛布を取り出した。
呆れて見ている玲子の前で、温もりを感じさせる木目の上に毛布を拡げた克己は中のあれこれをベンチに並べ始めた。
アウトドアに詳しくない玲子にも、並べられたあれこれがキャンプなどで使われる道具だと言う事はわかった。
頭がついて行かなくて、克己の行動をぼんやりと眺めている玲子に克己がランタンのつまみを調節しながら語り掛けた。
「そのダウンジャケットと毛布、どっちがいい?」
ベンチに置いたまだ灯をつけていないランタンの横、人ひとり分の間を開けて座った克己が膝に毛布を抱えて言う。
「どうせならこっちの方が……」
言って玲子は克己のダウンの衿を寄せる。
笑顔の克己は頷いて、自分の横に開けたベンチの空間に玲子を誘った。
「この駅さ」
座った玲子と自分の膝に差し渡して二つ折りの毛布を掛けた克己がまるで独り言のように語りだした。
「以前は棟続きの小さな商店があったんだよ」
玲子は克己の語りに耳を傾けながら克己が導いた今いる空間を見回す。
二人の他には誰も居ない小さな駅舎には、中央に今克己達が座っている木製のベンチと、窓際に壁と一体になった木製のベンチの他には、小さな待合室を照らすに十分な蛍光灯が頭上にあるきりだ。
「商店の端が外に開く窓が有って。外から見える場所に炭焼き台ってのが有ってさ」
語る克己の口振りは如何にも楽しそうだ。
玲子の理性は今のこの状況はとても楽しめる状況ではないと告げているのに。
無邪気に焼き鳥の事など語りながら玲子の手を握って離そうともしない克己の振る舞いに圧倒されている。
「初老の夫婦が店番してて。子供の頃親戚の家にきたついでに焼き鳥買ったらさー」
身振り手振りを交えて懸命に語る克己。
「焼き鳥焼いてたじいちゃんが、『おまけだ』って言って一串焼きたてのくれたんだけどさ。見ていたばあちゃんに怒られてたの覚えてる」
嬉々として語る克己の横顔を、玲子はつい不安げな表情で見上げてしまう。
「克己さん……」
玲子の言葉に克己が訝し気な視線を返す。
「あたしたち……駆け落ちしたんですよね?」
「うん……」
答えた克己の手が玲子の手を改めて強く握りしめて、その存在を玲子の太ももの上で玲子に主張する。
(あたしは今夜ここでこの人と一晩過ごすの?)
その事実を今更のように思い当たって、玲子は身を竦めて克己の顔を見上げた。
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