第40話
逃げるように乗り込んだ故郷の駅からまだ1時間も走っていないのに、克己は肩にもたれて身動きもしない玲子の頭を優しく揺する。
眠っていた訳でもないのだろうが。上向けた玲子の瞼ははれぼったい。
「?」
ここは何処かと問いかけるような玲子の眼差しに、克己は来ていたダウンジャケットを脱いで玲子に羽織らせると、席を立つよう促した。
玲子が思わず目を向けた車窓の向こうには、夜の闇に浮かび上がる無人のベンチ。
プシューという音と共に吹き込む冷気が克己と玲子の身体を包み込んだ。
日中はまだ25度を越える気温も日暮れと共に急速に冷え込む。
何処かで見たようで、それでいて定かでない記憶に玲子は繋いだ克己の腕に縋る。
降りたホームは古臭い外灯に照らされたコンクリートがうすら寒い。
手を引く克己の手の温もりが日暮れの寒さをいやまして玲子に感じさせる。
木造のこじんまりとした駅舎に向かう二人の横を、重苦しい駆動音を響かせて列車が追い越してゆく。
蛍光灯に照らされた手書きの告知板がここが無人駅で有る事を玲子に教えてくれた。
柵も鎖も無い、開きっぱなしの木製の改札には、これまた年季の入った木製の木箱。
サインペンででも書いたものか、安っぽいがえらく達筆な『ご利用ありがとうございました。ご利用済みの乗車券をお入れください』と書かれた紙がビニール製のパスケースに入れられてぶらさがっている。
手を繋いだままの克己が先に立ち切符を木箱に落とし込む。
無謀な駆け落ちを決行して、うら寒く薄暗いホームに降りながら、玲子の手を握って離さない克己の表情に後悔の気配も、不安の面影も見えない。
「玲子も入れて」
それどころか、神社で並んでお賽銭を入れたあの時の様な笑顔だ。
唐突に駆け落ちを持ち掛けられ、考える余裕も無くここまで来てしまった玲子は訳も分からぬまま、それでも克己と一緒に居るのだという事実に胸を温められて、故郷に残して来た想いと一緒に切符を木箱に落した。
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