第39話 夜の車窓
本来なら廃線になっていてもおかしくないローカル線の最終電車の乗客はほんの一握りだ。
どこで手に入れたのか、克己が持ってきた完全にオーバーサイズのキャスケットを目深に被った玲子は克己に促されて窓際の席についた。
車窓に移る無人のホームの灯りが何処か侘しくて、玲子は隣の克己に身を寄せてそのぬくもりに気持ちを落ち着かせる。
「何も準備は要らないから」
克己のメールの文面をそのまま信じた訳でも無いが。
玲子は言われるがままほんのわずかな身の回り品を詰めたバッグ一つで駅に訪れた。
克己は克己で何やらパンパンに膨らませたリュックを横に、人影も見えない待合室に一人。
長袖カットソーにカーディガンを軽く羽織っただけの玲子に比べて、季節外れもいい所のダウンジャケットを着こんでいた。
ローカル線の最終電車は運行時刻も早い。
19時57分。
覗いた左手内側の時計の指針を覗いて、玲子は今頃家では家族はどうしているのだろうと思いを馳せて身体を小さくさせる。
玲子の気持ちを察したのか、克己がジーンズの太ももを強く玲子の足に寄せる。
その克己の行為に、玲子は克己も自分と同じ境遇なんだと思い出して一層克己に強く身を寄せた。
「まもなくドアが閉まります……」
穏やかに告げる車内アナウンスに玲子は克己の手を強く握りしめた。
ハネアゲ式のツマミのついた窓越しに流れる風景はもう宵闇に包まれて、人の営みを匂わせる人家の灯りがぽつぽつと後方に流れて玲子に郷愁を誘う。
ガタン、ゴトン。
ガタン、ゴトン。
リズミカルに刻むレールの音に玲子は。
我が家が、故郷が、家族が確実に遠くなることを告げられているようで胸が絞めつけられる。
「俺さ……」
不意の克己の言葉に、玲子は隣の克己を見上げる。
「こんな事言うと嫌われるかもしんないけど……新婚旅行に出かけるような気分だよ」
言って克己は握った玲子の手のその上に、もう一方の手を重ねた。
頭一つ大きい克己の顔を、頬を寄せた克己の肩から見上げて玲子は克己の言葉に自分の不安を預ける。
「家族の事、考えてるんだろ?」
言う克己の表情に、曇りも淀みも感じられない。
その克己の表情は玲子に、もう何度目かもしれないあの時の情景を思い起こさせる。
「それまでの間だけでいいから俺の彼女になって下さい」
もうじき転校すると言う自分に、それでもいいと覚悟を決めて告白してくれたあの時と同じに。迷いも躊躇いも見せてくれない目の前の少年に、玲子は額を擦りつけてひとりごちる。
(この気持ちは何?怖いはずなのに……寂しいはずなのに……)
繋いだ手が暖かい。
(バカな事をしている……)
理性はちゃんと教えているのに、何故かその理性の言葉も優しくて。
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