第38話
父に頼まれた切符を買い終えて、雄馬は決して大きいとはいえない駅構内を記憶にとどめようと眺めていた。
自家用車が普及したご時世、学校の修学旅行もバスが多用されて雄馬には列車に乗った記憶はあるものの。いつ何の用事で乗ったのかまでは定かでない。
この町に居られるのもあと三日。
旅立ちに思い残す事が出来ようとは思いもしなかった雄馬だが。
姉が告られていると友人に聞いて出向いた喫茶店。
目新しい喫茶店の風景に呑まれていた自分の目の前に現れた美少女。
心残りを抱えたまま。家族一同の切符をジャンパーの内ポケットにしまった雄馬は、改札上に掲げられた時刻表を呆然と見上げる見覚えの有る少年の背中に気付いて声を掛けた。
「櫻井さん……」
驚いたように振り返った克己は雄馬に気付くと相好を崩して答えた。
「雄馬君か」
握っていたスマートフォンをポケットに収めた克己が雄馬に歩み寄る。
「切符?」
笑顔で聞く克己に、雄馬が肩を竦めて頷く。
「もうじきなんで」
運行本数も少ないローカル線の駅には人影も少ない。
改札近くのサッシ越しに見える駅員も、書きものでもしているのか、デスクに向かって構内になど見向きもしていない。
運行時間の狭間のこの時間。
田舎駅の小さなコンコースには克己と雄馬の男二人しか居ない。
「丁度良かった。雄馬君に頼みたい事があったんだ」
別れをまじかに控えた姉の彼氏の申し出に、雄馬は怪訝な表情を返した。
「雄馬君も、まだここでやり残したことが有るんだろう?」
見透かしたような克己の言葉に、雄馬は思わず身を乗りだした。
ベンチ際の自動販売機に雄馬を誘う克己に、照れくささも見せながら雄馬はついていった。
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