第37話

夕食を終えて居間でテレビを見ていた父に母がお茶を淹いれている。

淹れ終えた急須を差し上げて(あんたも呑む?)といった表情を見せる母に雄馬は首を横に振る。

急須を手元に戻した母は、急須に残ったお茶を自分の茶碗に注いで急須をお盆に戻す。

テレビに目を向けながら、母が淹れたお茶に手を伸ばす父、お茶を淹れ終えてテーブルに肘をつく母。

テーブルの一方からテレビに目を向けている両親の後姿を視界に収めていた雄馬は不意に思い当たった。

「ねえ、父さん」

雄馬の問いかけに父がチラリと雄馬に視線を投げて答えた。

「ん、何だ?」


「父さんと……母さん……どうやって知り合ったの?」

一瞬固まった両親が、互いの顔を見つめて雄馬には表現しづらい笑顔を浮かべた。

「急に何言い出すのよ」

笑いをこらえながら答えたのは、質問された父ではなく母だった。

「いや、ふっと気づいちゃってさ」

「なんによ?」

父と母に凝視されて雄馬は言い辛そうに、それでも何とか言った。

「父さん、母さん。昔恋したんだなって」

雄馬の言葉に父と母は再びお互いの顔を見合って、今度は雄馬にもそれとハッキリわかる笑顔を交わした。

「過去形で言うな。父さんは現在進行形で母さんに恋してるぞ」

父が雄馬に背を向けたまま言った。

「あ~ら知らなかった。雄馬どうしよう、お母さん告白されちゃった」

満面の笑顔で言う母はわざとらしく両手を頬に充ててみせる。

(いい年して何やってんだよ)

腹の中で悪態をつきながら。

この二人の間に産まれて良かったと雄馬は思った。

ーーーーー


日付がもうすぐ変わろうという時間に。

ベッドに仰向けて、いい加減彼女とのLINEも終りにしなくちゃと、最後のスタンプをどれにしようかと指を迷わす純也の見つめる画面の上部。

封筒のマークが瞬きした。

一瞬彼女への返事を保留して画面をスワイプする。


差出人名、櫻井克己。

件名「一生一度のお願い」。


普段使っているLINEではなく、最近めっきり使わなくなったメールで連絡を送って来た親友の行動に胸騒ぎを覚えて、純也はメールを開く。


「駆け落ちしようと思うんだ」


不穏な一行目に眼を走らせた純也にLINEの着信。

「どうかしたの?」

短い文章の後ろでは兎が小首を傾げている。


画面の向こうの彼女に純也の戸惑いがわかる筈などないのだが、どうやってか、気配を察したらしい彼女の一文に純也は胸は暖かくなる。

「なんでもないよ。寝落ちしちゃうまえに切るね。心配してくれてありがとう」

つまづいてハートを転がす犬のスタンプを添えて彼女へ送り、純也は克己のメールに画面を切り替えた。

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