第35話

「姉ちゃん、もう準備終わったの?」

食卓で母の手伝いをしている玲子に、2階からふたが出来ないほどのガラクタを詰め込んだ段ボールを抱えて廊下を通りすがる雄馬が食堂に顔だけ覗かせて聞く。

気楽な調子で聞く雄馬に、玲子に代わって母が答える。

「お姉ちゃんは雄馬と違うのよ。人の事心配してないでアンタは自分の事やりなさい」

母親のダメ出しに口を尖らせて、雄馬は玄関に向かって行った。


食卓におかずを運ぶ母に苦笑を見せながら、玲子の胸は締め付けられるような痛みに苛さいなまれていた。

両親には勿論、弟にも克己からのメールの件など話してはいない。

(話せる訳ないよ……)

玲子の準備はすっかり終わってはいる。

只一つの要件を除いてだが。


夕餉の支度を終えて。席に着いた父と雄馬に玲子は自分が作った味噌汁をよそって出す。

「珍しいな。玲子のおさんどんなんて」

無邪気に笑顔を返す父と弟に唇を尖らせた笑顔で不満の意を伝えながら、玲子の胸は張り裂けそうだ。

他愛ない話題で食卓を盛り上げながら、玲子の脳裏では。

家族と過ごしたこれまでのあれこれ、友と過ごした学校生活の思い出。

そしてそんなあれこれを押し流してしまう克己とのひと夏。

冬の日本海の波頭のように、押し寄せてすべてを洗い流してゆく激情の荒波が寄せては返しを繰り返していた。

(おとうさん、おかあさん。不義理な娘でごめんなさい。雄馬。馬鹿なお姉ちゃんでごめんね……)

箸先でしじみの小さな身を貝から剥がしながら、玲子は不思議な感慨に浸っていた。

(心と体がこんなに離れていても、まるで何も起きていないみたいに振舞えてる)

つい半年前には、高校のブレザーに袖を通して、また一つ大人に近づけたのかと頬を火照らせていた幼い自分が嘘のようだった。

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