第34話 駆け落ち

まさかこんな気持ちになるとは思わなかった。

カレンダーを見上げて克己は呆然とする。

彼女が旅立つまであと僅か四日。

始めから分かっていたはずだった。

始めから納得していたはずだ。

けれどそんな気持ちも。


「私。秋になったら転校しなくちゃいけないんです」

何度目だろう、又あの時の情景が蘇る。


ーーーーー


祭りの後、見送った玲子の家の前。

もう祭り会場からは遠く離れているのに、克己と玲子にはまだざわめきが消えていなかった。

繋いでいた手を、如何にも名残惜し気に離す克己の手の温もりに玲子がまた繰り返した。

「私、離れたくない……」

思わず発した玲子の言葉は克己の決意を粉々に打ち砕いてしまったのだ。

恋焦がれた。

玲子の言葉が、今は克己のハートを箍たがと共に粉々に打ち砕く。


門灯の灯りを避けて、門柱の蔭に身を潜めるように抱きしめた玲子の首筋の香り。

微かにシャンプーの香りがした。

気の早い虫の鳴き声をBGMに。

重ねた唇の熱さと、震える玲子の肩。

初めて触れた少女の唇は夢のように柔らかくて。

二の腕に感じる玲子の背中の感触は、折れそうでいて凛とした骨の存在を克己に主張していた。

まるで自分の体に玲子の身体を呑み込もうとするように、克己は浴衣の玲子を包み込んだ。

玲子の震えがそのまま克己の心臓に伝わる。

(今手放したらもうこの手には取り戻せない)

心の隅に押し込めて目を逸らしていた想いが溢れた。

ーーーーー


ベッドの上に居住まいを正して克己は再び指を動かす。

「駆け落ちしよう」

文字にしながら、克己は自信があった訳じゃなかった。

本気で出来るなんて思ってもいなかった。

まだ不慣れなフリック入力を駆使して、克己は溢れる想いを画面に打ち込んだ。

「駆け落ちしよう」

打ち込みながら、引き出しの中の封筒に残ったバイト代を克己は頭の中で数える。

画面端の送信ボタンが遠い。

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