第33話

広場の周辺に吊るされた提灯が、緩やかに照らす中央に点在するビーチテーブルの一つに、克己の姿を確認して。両手のフラッペをこぼさぬように、玲子は人並みを掻き分ける。

白木の下駄を親指の先で弄ぶ克己の様子はどこか頼りなげに見えて玲子は微笑ましく感じる。

玉砂利の境内からここまで、ふらつく玲子を支えてくれた逞しさも今は見えない。

まるで雑踏に取り残された子供のように、辺りを見回す克己の姿に玲子は不思議な愛おしさを感じていた。

「ごめんなさい、混んでて」

人並みをすり抜けて姿を見せた玲子に、克己は改めて見惚れる。

深い青の生地に浮かぶ淡いラベンダーの薔薇に蝶々の姿。

16才の玲子には少し大人びた印象だが、面長な玲子にはそれが似合っている。

幅広のビニールバンドが張られたビーチチェアに腰を降ろした玲子の浴衣の裾に覗く素足は、ただでさえ白いのに黒い桐の台と紺に花柄の鼻緒が白さを一層引き立てる。

(見られてる……)

克己の視線に玲子は思わず身を竦めてしまう。

決して見られていることが不快では無いのだし。それどころか見つめられているという事実は玲子に感じた事も無いこそばゆい快感を覚えさせた。

自分でも理解できない不思議な心地良い居心地の悪さに、玲子は意味もなく身じろぎしてしまい。

そんな自分に自分で苦笑してしまう。

「似合ってる」

またしても唐突でストレートな克己の言葉に玲子は首を竦める。

「母が、もっと艶やかなデザインがいいんじゃないかって言うんですけど。私の趣味で」

首を竦めながら、ブルーハワイだろう、青いシロップたっぷりのフラッペを克己の手元に差し出す玲子。

「小笠原の見立てなんだ。でもホント、良く似合ってる」

臆面もない克己の賞賛に、嬉しそうに照れた笑みを浮かべながら、玲子は返す言葉を探してみる。

「有難う御座います。でも……」

「でも?」

言い淀む玲子に、フラッペに手を伸ばしながら克己が問い返す。

「先輩、まだ、小笠原……なんですね」

ぼそりと呟く玲子の言葉に。

「そ、それは……」

「私達、お付き合いしてるんですよね?」

不意を突かれた克己は慌てて言い募る。

「そ、そういう小笠原だって俺の事……」

フラッペにスプーンを差したまま、二人は固まってしまった。


自分に踏ん切りをつける為か、乱暴にフラッペを掻き回して。

「玲子……はさあ」

気負い過ぎてぞんざいになってしまう言葉に照れながら克己はブルーハワイの爽やかな甘さで乾いた喉を慰める。

「はい」

答えて玲子は、甘いイチゴシロップと、それ以上に甘い、克己の口から出た自分の名前の心地良さに克己に満面の笑顔を返してしまう。


敬称をつけずにあたしの名前を呼ぶ人が居る。

その事実に、玲子のハートは不意の大波にあおられた小舟のように揺さぶられた。

自分から誘い水を蒔いたのに。

短い「はい」の一言が、喉に引っ掛かってうまく出なかった。


「はい」

もう一度答えて克己の顔色を窺う。


「もうじき、いなくなっちゃうんだよな……」

思いもかけなかった克己の言葉に、見つめた克己の歪んだ表情に、思わず玲子はフラッペに添えられていた克己の手を両手で包んでしまう。

克己の表情が今にも崩れそうだ。

「あたし、行きたくない……」

口をついて出た言葉に玲子自身が狼狽える。


突然の告白に戸惑ったはずなのに。


迷惑に感じた時も有った。


なのに今。


歪む克己の顔を見て溢れてくる想いは。

「あたし……行きたくない……」

不意に溢れた涙はもう玲子自身にも抑えられなかった。

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