第30話 鈴の緒

鳥居をくぐる手前、立ち止まって鳥居を見上げる克己に、身を寄せた玲子も一緒に鳥居を見上げる。

都会から遠く離れた東北山形の夜空は。

日中、寂しさも感じさせる密度の低い街並みが,かえって星の瞬きを邪魔しない。


すっかり暗くなり、境内周辺を照らす提灯の灯りに下から照らされて、鳥居の上空にいつもなら微かに揺らめく星の瞬きも今夜は影を潜めている。

朱塗りの鳥居の鮮やかな赤が、それでなくても浮き立つ玲子たちの気持ちを高揚させる。

繋いだ手が意識されて、玲子は気付かず克己に体重を預けてしまう。

「ここから神様の領域なんですよね」

呟いた玲子の言葉に答えるように小さく頷いて克己が足を踏み出した。

意識してやった訳では無いが、二人の踏み出した足が同時に玉砂利を踏む音に玲子は不思議な運命を感じる。

(まるでハーモニー……)


手水ちょうずで手を清め、小さな瓢箪池に掛けられた古風な木造のアーチ状の橋を渡る道中、知り合いの姿もあったような気もしたが玲子には定かで無い。

社務所など無い田舎社殿だが、今夜は拝殿に向かう僅かな参道の脇にテントが張られ、巫女装束に身を包んだ娘たちが御神酒おみきを振舞っている。

境内は静かなものだが、隣接する土俵では地域の若者達による奉納相撲が行われており、時折その喚声が風に運ばれてくる。

人並みに押されながら、賽銭箱の目前まで来た二人は繋いでいた手を離すとお賽銭の準備をする。

腰帯に挟んでいた信玄袋に手を伸ばす克己を制して、ポーチの中の小さな小銭入れから5円玉をつまんで玲子は克己にも手渡した。

最近滅多に使う事も無くなった5円玉を、玲子は母にねだって2枚持ってきていた。

「どうして2枚要るの?」

可笑しそうな表情を浮かべて硬貨を手渡した母に、玲子は思わせぶりな笑みを返して(察してよ!)とシグナルを送った。

下駄を履く玲子の所にやってきた母が、玲子の浴衣を直して帯を叩いて言った。

「しゃんとしていきなさい」


硬貨を受け取った克己の大きな手のひらの上の5円玉を、念を押すように指先で押して玲子は克己を促す。

賽銭箱から零れないようにと、5円玉をつまんで差し出した玲子の右手に、はにかんだ笑顔の同じように5円玉をつまんだ克己の手が添えられる。

玲子の白い指が反って硬貨を離すのと同時に克己の指も開く。

喚声に紛れて、硬貨が賽銭箱に落ちる音は聞こえなかったが。


鈴緒すずのおを掴んだ玲子の手を克己の大きな手が包んだ。

(克己先輩……どうして鈴を2回鳴らすのか知ってました?)

玲子は自分の手を包む克己の掌の温もりに浸りながら、心の中で隣の克己に問いかけた。

克己の大きな手に包まれて、玲子は最初は小さく、二度目は大きく。鈴緒を揺らす。

 (一つは厄払いの為。もう一つは神様に大事な報告を届ける為なんですよ……)

揺らした鈴の緒がまだ鈴を揺らしているうちに玲子は素早く心の中で報告する。

(神様、好きな人が出来ました……)


夜風がかすりの浴衣の匂いを玲子に届けてくれた。

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