第29話 恋の肌触り

「綺麗だ……」

会うなり、迷いも躊躇も見せずに真っすぐ玲子を見つめて言う克己の言葉に玲子は息を呑んだ。

高右近とかいうかかとの高い下駄を履いているせいで今夜は克己との距離がほんの少しだけ近い。

自分で耳が熱くなってくるのを感じて玲子は身もだえる。

薄い浴衣用肌着を通して麻混の生地の感触が心地良く、母が締めこんでくれた帯のきつさだけが玲子の気持ちを辛うじて引き締めている。


夜店が軒を連ねる祭り会場への入り口は光と闇の境目だ。

ずんずん暗くなる空が、屋台の灯りを際立たせて往来の人々の心を浮足立たせる。


「それまでの間だけでいいから俺の彼女になって下さい……」

玲子の耳に、不意にあの時の克己の言葉が蘇る。

(なんで先輩あたしに告白したの?)

今更な質問を玲子は胸の内で呟く。

見上げた克己の笑顔が思いの他近くて玲子は身を竦める。

(抱きしめられちゃうのかな……それともキス?)

今合流したばかりだと言うのに玲子の心はもうグラグラだ。


ついさっきまで一緒に居た雄馬は友人と何処かに消えてしまった。

取り残されたような僅かな心細さと。

解放されたような微かな喜びと。

攫われてしまうかもという訳のわからないときめきに玲子の胸は震える。


克己の言葉に返事に窮した玲子は恥ずかしそうに俯く事しか出来なかった。


「行こうか」

以前のように屈託なく言う克己が右手を差し出す。

言葉が出てこない玲子はその手を握って、克己の言葉への返事に変える。

スローモーションのように歩き出す克己に並んで玲子は下駄を鳴らした。

歩き出して、玲子は今更のように克己のいでたちに横目で視線を巡らす。

いつもは少年の活発さを匂わせる克己が、藤色の浴衣に下駄。

腰帯に紐をくぐらせた信玄袋が大人びた印象を醸して16歳の玲子の身を竦ませる。

前を塞ぐ人垣を、克己の手を借りて背伸びして玲子は屋台の中を覗いた。

冷静に考えれば手に入れてもしょうがないオモチャに懸命に輪っかを投げる少女。

手に入れる事よりも、当てる事が目的と化している射的に興じる少年達。

無邪気に遊ぶ子供たちの姿に玲子の中のわだかまりが溶けてゆく。

遠くから微かに聞こえる祭囃子をバックに、玲子は自問していた。

(先輩なんであたしに告白したんですか?)

(先輩なんであたしのダンス見たいと思ったんですか?)

(先輩なんであたしの浴衣姿見たいって……)

想いを募らせていたのはどっちなんだろうと、玲子は隣の克己を見上げる。


ダイオードばやりの今でもやっぱり丸い屋台の電球は、まだ幼さを残してるとは言え、男になり掛けの克己の横顔の彫りの深さを再認識させて玲子をどぎまぎさせる。


買い物は帰りにしようと言う克己に従い境内に向かう。

屋台を抜けて境内へ向かう道のりは玉砂利が敷き詰められて、下駄ばきの二人の足元をふらつかせる。

まさか神様が二人の仲を深めようと、敢えて足元を不安定にしたわけでも無いのだろうが。よろめく身体を支えるために、自然克己の手を握る左手に力が籠る玲子に、克己が握った手を一度離すと玲子の肘の下に自分の腕をくぐらせてあらためて玲子の手をしっかり握る。

体重の半分を克己にもっていかれたようで、玲子は宙に浮く気分を味あわされる。

(下駄が、軽い……)

見上げる夜空が近くなったようで、玲子は感じたことも無い浮遊感に踊らされる。

(先輩。離さないでね……今手を離されたらあたしどっかに飛んでっちゃう……)

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