第28話 バツ印と痛み

「母に浴衣を出してもらいました」

右手で下書きを打ち込みながら、玲子は膝の上の浴衣の、麻の乾いた感触に心を和ませていた。

克己の心変わりに、一度は腹をたてた玲子が意固地になって開かなかった克己からのメールを、弟の雄馬のとりなしで心を開いた玲子が読んでみたあの日。

「御免。只、小笠原の浴衣姿、まぶたに焼き付けておきたかったんだ」

真っすぐな文章が玲子の意固地な心の扉をノックしてくれた。

その後克己の口から浴衣やお祭りの話しは一切出てこなかったが、カレンダーのバツじるしが日毎増えていき、玲子の心を誰かが急き立てていた。

顔を上げた玲子の視線に、壁に掛けたコルクボードが目に入った。

コルクボードに張りつけられたパステルカラーに彩られたカレンダー。

右下に小さく表示された来月分の表示の中央、星印に向かって日毎増えていたバツじるしが飛び込んで玲子の胸を刺す。


(今見せなかったら、今後見せる機会があるかどうかも怪しいし……)

胸の内で誰かが玲子に呟く。

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