第27話

「今日は何にしようかなー」

タンクトップの杏の背中は肩甲骨までむき出しだ。

その背中の下、くびれた腰の後ろで指を組んだ杏は聞こえよがしに大きな声で独り言を言う。

レジ前で困ったような笑みを浮かべる玲子に、克己が優しい微笑みを投げかけておいて杏に声を掛ける。

「新商品が入っておりますが、お持ち致しましょうか?」

店内に自分の知り合いしか居ない事を承知して克己は杏に網を打つ。

「テーブルでお待ちください。お持ち致しますので」

怪訝な表情を浮かべながら。それでも克己の笑顔に押し切られて杏は雄馬の待つテーブルに向かった。

「お邪魔します」

笑顔で声を掛けた杏に、首を竦めてお辞儀を返す少年に。杏はつい少年の顔をまじまじと見つめる。

(なんだろう?見覚えがあるのも確かだけど……それだけじゃない)

少年の顔付きに何処か引っ掛かりを感じて、杏は思わず居住まいを正した。

「お待たせしました」

馬鹿丁寧な振る舞いでトレイを運んで来た克己と玲子。

店内に顔見知りしか居ないのを良いことに、克己は二つのテーブルの間に立ち、左右の純也カップルと杏カップルを交互に見渡し、レストランのシェフよろしくトレイを左手に載せ大仰に口上を述べる。

「本日はご来店誠にありがとうございます」

克己の背後で、これまた神妙な面持ちの玲子がトレイを捧げ持っている。

爽やかな笑顔で二人を見上げる純也カップルと裏腹に、何事が起きたかと驚きの表情を浮かべる杏と雄馬の前に、克己は恭うやうやしくトレイを置いた。

トレイの上には仲良く並んだお好み焼きが二つ。

トレイを置いた克己が後ろの玲子のトレイから紙皿と割りばしを取り上げ雄馬と杏の前に並べる。

「当店の新メニュー、ブタ玉とイカ玉で御座います。どうぞ食べ比べてご感想など頂けましたら恐悦至極に存じます」

呆れる杏と雄馬にお構いなく、克己は後ろを振り向いて玲子の捧げたトレイを掲げていた玲子の手を包むように受け取る。

克己がそのまま一歩後ずさると、今度は玲子が一歩踏み出し克己の居たポジションに立って今度は克己に渡したトレイから透明なカップを取り上げ雄馬と杏の前に置く。

何が起きているのかわからずポカンと口を半開きの雄馬の戸惑いなどお構いなしに、半分程もカチ割氷をいれた大きな透明カップを玲子は雄馬と杏の前に置いた。

「水分補給もお忘れなく」

克己がおどけた口調で言う。

「今日は何か特別な日なんですか、マスター」

純也が克己のノリに合わせて問いかける。

「如何にも」

一瞬ためを作った克己が一同を見渡して弁を振るう。

「夏は出会いの季節、こんにちここで出会えた幸せを噛みしめる出会いの記念日です」

「お前、何処でそんな口上覚えた」

克己に合わせていた純也が吹き出した。

つられて居合わせた一同も笑いだす。


微炭酸なんだろう、玲子が注いだ透明な液体に浮かぶ細かい泡を覗かせるカップに手を掛けた雄馬は、同時にカップに手をかけた杏と笑顔を交わすと杏は答えてカップの縁も重ねる。

カップの中で泡も踊った。

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