第25話

はにかんだような笑みを返す杏の笑顔に、純也はため息をつく。

(ほかに好きな子居るんじゃ仕方ないけど、克己の奴……)

珍しく肩を並べた、杏のレーシーなタンクトップ姿は。コンビニの本棚の少年雑誌の表紙を飾っていてもおかしくないレベル。

他でもない。純也にしたって、今付き合って居る彼女が居なければ充分食指が動く。

「彼女。転校するんでしょ?」

小ぶりの洒落た麦わら帽子の鍔を僅かに上げた杏が聞く。

真夏の青空の遥か向こう。封を切りたての絵の具を流した様な、真白な入道雲が心地良い昼だ。


ーーーーー


「奢るから来いよ」

いつものぶっきらぼうな文面で誘う克己に、どうせいつもの売れ残って店員に割引販売している弁当だろうと見当をつけながら、この時期コンビニに並ぶ冷たい麺類に眼が無い純也は迷うことなく家を出た。


「そうなんだけどさ……」

「それでも告っちゃったの櫻井君?」

僅かに怪訝な表情を見せた杏だが、それ以上その事を突っ込んでもこなかった。

「まあ、好きになるってそう言うもんだもんね……」

純也に薄い微笑みを見せた杏は僅かに唇を尖らせてみせる。

他でもない。克己に実らぬ想いを抱いていた杏にはその心情も多少なりとも理解出来るのだろう。


コンビニへ向かう国道上には、後部座席に浮輪を覗かせる車もまだ多い。

河原で克己とひとときの夏を楽しんだとはいえ、ボブカットの杏の背中はどこか物足りなそうに純也には見えてしまう。


もうじき転校してしまう下級生に告白した親友。

その親友を思い続けて、夢破れた級友。

純也は、コンビニの大きな看板が見え始めた照り返しの熱い路上で、これから行くコンビニの状況に思いを馳せて微かに罪悪感にさいなまれた。


コンビニの駐車場に足を踏み入れた純也の視界に、店頭にさしかけられた涼やかなすだれにツタを絡ませた鮮やかな昼顔の鉢植えの前にしゃがんで、組んだ両手の上で顎を遊ばせるワンピースの少女の背中。

微かに頬が熱くなるのを感じて、純也は隣の杏に声をかける。

「ごめんな。今日待ち合わせしたんだ」

「?」

顔を上げた杏は、純也の表情に鼻の横に皺を寄せると周囲を見渡しワンピースの背中に気付いた。

「すみに置けないなー」

言う杏の表情は晴れやかで純也はホッとする。

まさか途中で杏と会うとは思わなかった純也は、かねて克己の助力もあって付き合い始めた彼女を誘っていたのだ。

「あたしに会わせてくれるの初めてだよね?」

悪戯っぽい笑顔で純也をからかう杏。

「お手柔らかに頼むよ。大人しい子なんだ……」

何時にない純也の自信無げな態度に杏は僅かに嫉妬を覚えた。

(純也君。ホントに彼女の事好きなんだな)

一瞬チクリと何かが胸に刺さったが、杏は笑顔で振り払った。

「あたしが一緒で大丈夫なの?」

あからさまに揶揄する杏に純也は余裕で返す。

「ご心配なく。これくらいで揺らぐような付き合いしてないから」

自信たっぷりの純也の言い分に、杏は長身のクラスメートの背中を殴ってやろうかと一瞬思った。


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