第24話

雄馬しか客が居ないのをいいことに、手早くおでんだけの昼食を事務所で済ませた玲子がレジに戻って来ると。


入れ替わりにレジを離れた克己が、玲子の横で大きなおでんカップを抱えた。

姉に具材を取り分けてもらう克己の姿を、雄馬はこれまで感じたことも無い羨ましさを感じながら眺めている。


姉に女性としての魅力なぞ、ついぞ感じた事もない雄馬だが。


目の前で仲睦まじく寄り添う男女の姿は、まだ中学生の雄馬のハートに激しい嫉妬心を沸き起こす。


勿論姉を想う気持ちからではなく、自分も杏とそうなりたいと言う強い願望からだ。

(姉ちゃん、いいなあ。例え僅かな間でも、一緒に居られるんだもんなあ……)


中学最後の夏休みを、転校という一大イベントに費やされて、異性との関わり合いなどに費やしたいとはこれっぽっちも思わなかった雄馬だったが。


友人に聞いた、姉が告白されていたという言葉に始まった杏との出会い。


まさか、姉と克己の姿に、自分と杏を重ねて見ようとは。


(何とかあの子とお近づきになれないかなあ)


未だ姿を見せない杏を想って雄馬はLサイズのポテトを頬張る。


(杏さん来る前にブラックコーヒーでも頼んどくかな)


ブラックコーヒーを飲んだからと言って、杏に大人に見て貰えると期待しているわけではないのだが。

山盛りのおでんを抱えて事務所の片隅のテーブルについた克己は、何の気なしにスマホを手に取って着信ランプに気付く。


発信者『小笠原玲子』


同じ店内に居ながら、何故メール、と思いながら克己は画面を開く。


「弟、先輩のお友達のボブカットの女性に片思いなんです」


1行目の文面に克己はつまんだ卵を取り落としそうになる。


(あ。杏に片思いだとう!)


「どうしたの櫻井君?」


事務員に問いかけられて克己は泡を食う。

玲子によそってもらったこんにゃくにかぶりつきながら、克己の心境は複雑だ。


思いもしていなかった杏の告白に戸惑い、親友純也の助けもあって、お詫びと言うのも変では有るが、河原の花火をいい思い出として、僅かでも誠意を見せる事は出来たかと思っていたのだ。


このまま時が杏の傷を癒してくれればと、卑しい克己の願望を嗤うかのような成り行き。


克己は無理に頬張ったこんにゃくの火傷やけどしそうな熱さが、うちから自分を責め立てているようで気持ちが落ち着かない。


全くの所、浅ましい話だが。

玲子の弟が杏のキズを癒してくれれば、実に理想的展開だとふと思い浮かべだ自分に、克己は激しい嫌悪感を覚えた。


(こんなだから、あの時小笠原を怒らせちまったんだ……)


カップの中のがんもどきが、もの言いたげに克己を見つめていた。





「ちょっと……」


レジに戻って来た克己が、さりげなく玲子に寄り添って呟く。


克己の様子に、何気ない風を装って玲子は克己の言葉に耳を傾けた。



イートインのテーブルで、咥えたポテトをぷらぷらいわせる雄馬は外のチェックに余念がない。


克己と玲子のやりとりを気に掛ける余裕もないのだろう。


克己の耳打ちに玲子の頬が緩んだ。


「訳有って俺が動くのまずいんだ……」


小声で呟く克己の真意まではわからなかったが、弟にとっての朗報に玲子は克己に笑顔を返した。



「ん?俺こういうの苦手なんだけど」


姉が運んで来たドリンクに雄馬は口を尖らせてみせたが。


「あの子の好物だと知っても?」


意地悪そうに笑う玲子の笑顔に、雄馬は黙ってタピオカミルクティーのカップを大事そうに抱えた。

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