第23話

夏の日は、夏の青さに揺れ惑う少年少女に、ささやかな贈り物を届ける事もある。

ーーーーー

「あの……」

ホットショーケースにフライドポテトを並べる克己に、隣のレジの玲子が言い淀む。

「ん?」

手を止めて問い返す克己に玲子は曖昧な笑顔を浮かべる。

「んん、何でもないんですけど」

誰も居ない店内で、視線を絡ます克己と玲子。

「あのさ……」

今度は克己の言葉に玲子が小首を傾げる。

「?」

「いや。何でもないんだけど……」

まだ夏は盛りだと言うのに、二人の間を早くも遮る業務用おでん鍋。

「他店との差別化しないと売り上げ確保出来んからな」

オーナーでもある店長の言い分で早々に設置されたおでん鍋。

空調が効いているとはいえ真夏の店内、鍋から上がる湯気は僅かで、客の居ない微妙な空気の克己と玲子の間にたゆたうように立ち昇る。

「今日のお昼。おでんにしようかな……」

伸びやかな細い指で、おでん用カップを揃える玲子の手元に見惚れながら、克己は玲子に同調する。

「いいなあ。俺もそうしようかなあ」

「何か好きな物あります?温めておきますよ」

カップを置いて胸元に手を寄せた玲子の仕草は、青春真っ盛りの克己の心を躍らせる。

玲子の言葉に克己は朗らかに答える。

「んじゃ、お言葉に甘えてがんもと牛筋を追加で」

レジに並んでいながら客と店員の様なやりとりをする。

傍から見る者があれば、おままごとのように見えただろう。


「バイトも悪くないよな、こういう時だけは」

ちらりと、店頭に視線を走らせた克己が投げかける笑顔に、玲子が笑顔を返す。

「こんな時でなくても充分楽しいですよ私」

ウォークインから、小ぶりの番重ばんじゅうに具材を取り寄せて来た玲子が、おでん鍋に具材を追加しながらそう答える。

玲子の満面の笑顔の意味を計りかねて、首を竦めながら笑顔を返す克己の姿を玲子は可笑おかしそうに見ている。


「こんにちはー」

場違いな声を上げて店に入って来た客の姿に、玲子が苦笑しながら返事を返した。

「いらっしゃいませ。っていうか、挨拶する?普通」

言うのも当然、夏の暑い空気を連れて入って来たのはほかならぬ玲子の弟、雄馬だ。

既に顔見知りの克己も笑顔で迎える。

「いらっしゃい」

姉の様子から、二人が無事に仲直りしたと察している雄馬はすこぶるご機嫌。

「今日はまだ来てないんですね」

ゆっくり店内を見渡す雄馬の言葉に、克己は首を傾げる。

「?」

「あ……」

小声で呟いて、玲子は克己に弟が克己のクラスメートに片思いしていることを伝えていなかったことを思い出した。

「お昼ごろにはくると思うから……」

克己に言っておかなかった心苦しさもあって、玲子は少し声を落して弟に返事を返す。

二人のやりとりを怪訝な表情で見ている克己に、玲子は声は出さずに「あ、と、で、」と口だけ動かして見せた。

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