第19話 鬼灯

「忙しい時にごめんなさい」

昨夜玲子から届いたメールの文面に添えられていた鬼灯の写真に和まされて、今日の克己は清々しい朝を迎えていた。

商品棚の線香と蝋燭の在庫を確かめて克己は店の扉を開ける。


幸いに好天に恵まれて、コンビニ前の駐車場もひと際明るい。

商品アピールも兼ねて折角店先に吊るした色とりどりの風鈴も、夏の朝の無風の晴れ間には手持無沙汰。

待ち合わせに遅れた彼氏を待つ待ちぼうけの浴衣の少女達が所在無げといったていだ。


迎え盆当日とあって、早朝からコンビニが込み合う事はない。

来客に備えてレジ横のホットスナックのショーケースの扉に指をあてながら、克己はあの夜の杏を思い出す。

(見向きもされない、かあ……)

小笠原と出逢ってこのかた、杏に限らず、純也たち友人ともコミュニケーションをあまりとっていない事に気付く。

(杏、それであの時……)

風紀委員を選ぶホームルーム。

(杏、まさか始めから全部計算ずくで……)

まだ客も居ないカウンターから、店の外に垣間見える青空が克己の心を掻きむしる。

(小笠原に夢中で、周りの事なんてまるで見ていなかったんだな俺)


「彼氏と行くのか?」

(俺の質問、杏はどんな気持ちで聞いてたんだろう)

玲子に対して手酷い失敗をやらかしておいて。

その裏で有る意味それ以上に酷い仕打ちを杏にしていたのだと気付いて。

今晩杏にどう接したらいいものかと克己は苦渋を呑む。


先日の事がある杏の出勤は昼からだ。

果たして需要があるかは自信は無かったが、杏の父である店長に、「何かお薦め商品でもないだろうか」と問われて仕入れた虫かごが店先を飾っている。

夏休み中ということもあって、朝から訪れるのは中学生が多い。

まだ小遣いの少ない小学生はたまに数人固まってやってきては流行りのカードを物色して、精々買っていくのはアイスか雑菓子。

フライドポテトなどのホットスナックは彼らにすれば割高なのだろう。

ほぼ見向きもされない。


コンビニに毎日のように通ってきていたのも。

「折角の夏休み。何も予定無いの?」

あの質問の意味が今なら理解出来た。


哀しい事に玲子の鬼灯ほおずきがもたらしてくれた安息はもうしぼみ始めていた。

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