第18話

「彼女を好きなのは確かだけど」

杏の言葉には答えず、克己は語りだす。

「まだ、いい返事貰えてないんだ……」

通りすがる車のライトが一瞬克己と杏の影を欄干に走らせた。

「なら、櫻井君まだフリーなんだ……」

克己の言葉に少し間を置いた杏が呟く。

「ねえ、櫻井君。キスしよ」

遠慮しない杏の性格は今更の克己も、流石に固まった。

「あたしは櫻井君が好きだし。櫻井君もまだ付き合ってる人居ないんでしょ?」

「櫻井君に付き合ってる人居るんならあたしも諦めつくけど……」

ほの灯りに浮かぶ杏の表情は激しく克己の心を揺さぶる。

「まだつきあってないんなら、間違いで済まされるでしょ」

克己を見上げる杏の笑顔の眼じりは、外灯の灯りを散らしている。

「一度でいいよ」

「そしたら、あたし諦められるから……」


二人を照らす灯りはまだ弱く、遠目には只の寄り添う男女にしか見えない。

胸元まで引き上げられた杏の両手が、克己を呼ぶように微かに震える。

その指に惹かれたように半歩踏み出して克己は立ち止まる。

動かない二人の横を一条、二条と光が奔った。


「櫻井君は意地悪だね」

沈黙に耐えかねたように口を開いたのは杏。

「……ゴメン、俺……」

「いいよ、もう分ったから」

性格なのだろう、杏の声色はもう何時もの調子だ。

克己を向いていた杏は自宅の方角を向いて言う。

「せめて家までは送ってくれるんでしょう?」

杏の問いかけに克己はポケットに突っ込んでいた手で答える。


点在する道路灯を辿りながら歩く二人。

「結局あたしは此処までかあ……」

指を絡めてくる杏の指の温もりが克己の胸を締め付けた。

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