第16話 ライバル

「ご苦労様」

いつも通りの朗らかさで、レジに立つ玲子に買い物かごを差し出す杏。

今日のメニューは冷製塩ラーメンに350ミリリットルの烏龍茶だ。

もう一つのレジに居た克己は横目で玲子の動きを追う。

(わざわざ新人の小笠原の方に行くかな?指導のつもりも有るのかな?)

冷製塩ラーメンにバーコードリーダーを充てた玲子が、ビニール袋を出そうとするのを杏が手のひらを上げて止める。

「そこで食べちゃうからこのままでいいわ」

読み取り機にペイカードをかざした杏に、玲子は割りばしと紙ナプキンを添えてラーメンとウーロン茶を差し出す。

克己は一人でほくそ笑んで頷く。

(上出来だ)

玲子のそつのない対応が克己は我が事のように誇らしい。


「櫻井君?」

二つあるイートインのテーブルの一つに陣取った杏が、玲子を挟んで奥のレジに立つ克己に話しかけてくる。

「花火大会。行くんでしょ?」

克己と玲子が同時にぴくんと反応する。

杏はその二人の反応を見逃していなかった。

勿論克己は玲子を誘って行きたいのはやまやまだったが。

「ん~どうしようかな……」

曖昧な克己の返事に今度は玲子と杏が微かな反応を示す。

「なあに?誘いたい子とか居ない訳?」

反応を窺う様な杏の質問に又克己と玲子が同時に反応する。

玲子がレジを離れてカウンターを出て商品棚に向かう。

視線の端で玲子の行方を追った克己は辛うじて杏に返事を返す。

「居ない訳じゃ無いけど……」

言い淀んで続ける。

「向こうにも都合は有るだろうし……」

客が居ない事を幸いに、陳列棚に逃げ込んだ玲子は克己の言葉に追い詰められる。

もう克己の気持ちはわかっていたし、この間の件で克己が口をきき辛いのも理解していた。

(でもあたしも言い辛いし……)

指先で棚の商品の並びを揃えながら玲子は思う。

(でもここでの最後の花火大会になるんだよな……)

「あたしはどうしようかなー」

わざとらし気に言う杏に克己も大袈裟に返す。

「星野に予定が無いとか信じられないが」

「どういう意味よ?」

笑顔で返す杏に克己は怪訝な顔を返す。

「星野だったら引く手あまただろうって思うんだがそうでも無いのか?」

克己のおだてに杏がすかさず返す。

「ふーん。でもあたし、櫻井君に誘われた覚えないんだけど……」

杏の切り返しに肩を竦めて克己は返す。

「俺なんて……」

二人の会話を聞くともなしに聞いていた玲子は二人の居るカウンター方向に視線を向ける。

並んだ陳列棚の隙間からは、カウンターの端と杏の座るテーブルの端が覗く。

テーブルの端から覗くのはサンダル履きの杏の足。

小さく揺れる足先が、何か言いたげな感じに見えて玲子は胸騒ぎを覚えた。

(もしかして彼女、先輩に興味感じてる?)

直感の様な玲子の感覚は涼やかなドアベルの音色にかき消される。

「いらっしゃいませー」

入って来た夏の空気に克己の元気な声が答えた。


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