第13話





「姉ちゃん」

夕食を終えて戻った部屋で寛いでいた玲子の部屋のドアをノックする音。

「開いてるよ」

玲子の返事にドアを開けた雄馬は、部屋に入ってくるなり切り出した。

「手を貸して欲しいことが有るんだけど……」


昨夜の事で何か聞かれるのかと緊張していた玲子に思わぬことを言い出す雄馬。

「まず座って話を聞かせて」

玲子の言葉に絨毯の上に胡坐をかいた雄馬。

机に向かっていた玲子が椅子を廻して向き合うと。

「俺。好きな子が出来ちゃったみたいで……」

思いがけない弟の告白に眼を剥く玲子。


「……同級生?」

玲子の問いかけに困ったような顔を返す雄馬。

「違うんだ」

弟の同級生なら少しは知っている玲子だが、それ以外の女子となると玲子には想像もつかない。

「同じ学校の子じゃ無いの?」

雄馬はますます困ったような顔をする。

見当も付かない玲子はれて雄馬を睨む。

「もしかしたら。姉ちゃんも知ってるかもしれない子」

まるで補足にもならない事を言う弟に、玲子は首を傾げる。


「俺、女の子を好きになるのなんて初めてでどうしていいかわかんなくて……」

素直な弟の告白に、玲子は机についた肘の上に顎をのせて頷く。

(雄馬もそんな事考える年になったんだ……)

思い至った玲子に、克己と自分の姿が重なった。


「姉ちゃんも知ってるかもしれないって言ったろ?」

「実際に会ってもらって、姉ちゃんの意見聞かせて欲しいんだ」


「会うって……」

答えあぐねる玲子に雄馬が畳みかける。

「大丈夫。俺と一緒にお茶してくれるだけでいいんだ」

首を傾げる玲子に雄馬がとどめを刺す。

「明日のお昼俺が御馳走するから付き合って」


玲子が返事に窮しているのをいいことに、言うだけ言って雄馬は部屋を出て行った。



「一応はお出掛けなんだからさ。ちょっとはおしゃれしてね」

翌日朝食を済ませて寛いでいた玲子の元に雄馬が顔を出し念を押す。

雄馬の言葉に玲子は首を傾げる。

(あたしがおめかししてどうするってのよ。雄馬の想い人の顔見るだけなんでしょうに)

雄馬の意図はわからないが、みっともない真似をして、雄馬に救われた思いの有る玲子は大人しくクローゼットを開けた。


ーーーーー


有難いことに、まだ天頂まで昇りきらない太陽は玲子に日傘まで必要とさせない。


住宅街の庭先から覗く花の色どりに、玲子は新鮮な想いに囚われる。

(雄馬と歩くなんて何時以来だろう?)


行く先も告げない弟は取り留めのない話ばかりして肝心の相手の女の子の話しもしない。


(どんな子なんだろう?)


僅かに前を歩く雄馬の背中は確かに大きくなったが、玲子の瞼に浮かぶのは麦わら帽子で虫取り網を振り回す少年の姿だ。


「可愛い子なの?」


からかいも含めた玲子の問いかけに雄馬は快活に答える。


「申し訳ないけど、姉ちゃんよりは」


玲子は、屈託ない弟の返事に呆れながら笑みがこぼれる。

「もうじきだよ」


雄馬の言葉に行く先に目を凝らした玲子は思わず背筋を伸ばした。


かき氷ののぼりをはためかせるコンビニが見えて来たからだ。


ーーーーー


「そっちはダメ。こっちの席に」


訳も分からず連れてこられ、イートインに導かれた玲子は、カウンターの克己にぎこちなく一礼して弟の言葉に従った。


(どうしてここ?)


カウンターに向かった雄馬を見送って玲子は視線を持て余す。


つい先日克己にあんな態度を取ってしまった玲子は、実はあの後克己から届いたメールを開いていない。

SNSではないのだから開こうが開くまいが克己にはわかりはしないのだが。


玲子の意固地さが克己の言葉を受け取る事を許さないのだ。


気付かず、膝のポーチの上から中のスマホの手触りを確かめてしまう玲子。


喧嘩したような状態の克己と、優しい弟。


冷房も聞いて居心地いいはずのイートインが今の玲子には堪らなく居心地悪い。



「俺の小遣いじゃこの辺が精一杯なんだけど」

苦笑してテーブルに今買ったばかりのコンビニ弁当を広げる雄馬。

「もうそろそろ来るはずだからさ」

言って隣のテーブルを顎でしゃくる雄馬に意味もわからず玲子は頷いておく。

ガラス張りの正面を気にする雄馬を横目に、玲子は背を向けている克己の動向が気になって仕方ない。


どうしても外を向いてしまう首がギシギシ音を立てているようで。

背後の克己にその音が聞こえてはいまいかとあるはずもない心配をする。

振り返れない玲子の視線の端が、ドア傍のファミリー花火セットを捉える。

(もうじき花火大会だったな……)

唐突に思い当たった玲子は思わず克己を振り向いてモロに克己と視線を絡ませてしまう。

目を伏せかけた克己が。ウンと勢いをつけて顔を上げ素早く笑顔で玲子に手を合わせた。

(そんな事で誤魔化されるもんか)

ぷんと視線を外した玲子は今度は雄馬の視線と鉢合わせる。

「来たよ?」

狙いすました様な雄馬の返事に玲子はどんな表情をしたらいいのか迷って、思わず克己を睨んで思いっきり舌を出す。

豆鉄砲を喰らったような表情を見せた克己が一瞬後には破顔して玲子の緊張を台無しにしてくれる。

「姉ちゃん大丈夫?」

自分の話しを聞いていなそうな姉に、雄馬は笑顔で釘を刺す。

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