第12話

「俺の所為だ……」

呟く克己の言葉に、事情がわからない雄馬は返事を返す事が出来ない。


「君のお姉さんにひと目惚れしてさ」

少しの間をおいて話し出した克己の言葉を、雄馬は無言で聞いていた。

「俺中学時代失恋経験してね」

淡々と話し続ける上級生の、項垂れた背中がもたらす不思議な感覚に雄馬はいたたまれない。


(でもちゃんと聞いて行かなくちゃ)

不思議な使命感の様な気持ちが、中学3年の背中を押す。

「はい……」

雄馬の相槌が克己の背中を押したのか。

「お姉ちゃんがもうじき転校するって聞いちゃってさ」

気持ち力強く克己が言う。

「好きだって事だけでもちゃんと伝えるべきだって思ったんだ」


言っているうちに吹っ切れたのか、項垂れていた克己の背中が伸びて、雄馬に改めて目の前の少年が自分や姉にとって上級生なのだと言う現実を思い返させる。

「でも、思いが強すぎて……君のお姉ちゃんの気持ちをないがしろにしちゃった」

項垂れていた首を大きく上向けて。

克己は斜めに頭を振り下ろす。

「俺は最低」


「君のお姉ちゃんの事考えてる気でいて……自分の気持ちしか考えてなかった……」



(どう見ても悪い人にはまるで見えないのに……)

そう思いながら、雄馬は昨夜姉が見せた引き攣る様な泣き顔を思い出して

気持ちを引き締めた。

「あの……」

何とか言葉を絞りだした雄馬は思いつくまま言葉を吐く。

「姉ちゃん泣いてました」

克己が刺されたように身体を強張らせた。


「見た事無い位……」

克己の背中が大きく縮む。


「でも……思ったんですよ……」

言い淀む雄馬に克己が弱弱し気な視線を上げた。

「なんで姉ちゃんあんなに泣いたんだろうって……」

見上げる克己の目が泳いだ。

「姉ちゃんがあんなに悲しそうに泣いてるの初めて見ました」


「先輩……姉ちゃんなんであんなに悲し気に泣いたんだと思いますか?」

雄馬を見つめる克己が目をみはる。


ーーーーー



青から灰に空は徐々にその色を変えて。


西に姿を隠した太陽が。

玲子の見上げる夏空に、帰り道を見失ったような雲の欠片を、半分開け放った薄いカーテン越しに浮かべて見せていた。

雲の向こうの空は、スカッシュのようにまだうっすらと青い。


淋しい夏をむき出しの腕に感じて、玲子は机に並べたサイドテーブルに組んだ腕に頭を横たえる。

(雄馬。どこ行ったんだろ……)


何も無かったような顔をして、朝食を済ますと出掛けて行った弟。


「友達の家でおやつ食べ過ぎたんだって?」

朝食の席で笑いながら聞いた母の笑顔に、弟の誠意がしのばれた。

雄馬に慰められたとはいえ。

結局玲子はもやもやした気分を抱えたまままんじりともせず終日ベッドでゴロゴロしていた。


(浴衣かあ……)

昨日の激情が収まった玲子は、克己の言葉を思い出していた。

(確かにお祭りも行きたいけど……)

(隠れてやってきたあたしの努力はどうなるの)

収まった筈のイライラが頭をもたげてきて、玲子は振り払うように頭を乱暴に振る。



「ただいまー!」


玄関の引き戸を開ける音に続いて雄馬の元気な声。

(雄馬は気楽でいいなあ)

玲子は身勝手な思いを浮かべる。


ーーーーー


どうやら想像していたような痴話げんかでも無かったようだと知って。

雄馬はまだ幼い頭で知恵を絞った。


もっとも、この時雄馬の気持ちの根底に有ったのは。既に(二人に仲直りしてもらわないと、杏さんに会いにコンビニにも行きづらいし)というやましい気持ちだったのだが。



(!!!)

不意に閃いたアイデアに雄馬はベッドの上で跳ね起きた。

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