第11話 新緑
「宿題してるから」
朝食を終えると、食卓に残った家族に言い置いて部屋に戻った姉。
雄馬はその背中を見送って出かける決意をした。
ーーーーー
「あの……」
昼下がりの店内に自分と克己という少年しか居ないのを確かめて、イートインに陣取っていた雄馬は勇気を出してカウンターの少年に声を掛けた。
「はい?」
気さくな調子で答えた克己に雄馬は唾を呑み込む。
「あの……」
二度目の唾を呑み込んで雄馬はやっと言葉を絞り出す。
「小笠原……玲子と言う人を知ってますか?」
必死の思いで口にした雄馬の質問に、カウンターの少年は、中学生の雄馬にもそれとわかるほど青ざめた。
「……小笠原が……どうか?……」
あからさまな少年の反応に、雄馬の方ががどう答えていいかわからなくなってしまった。
見せたことも無い姉の顔に。何かをしなければと。
ただその想いに突き動かされてここまで来た雄馬。
まだ中学3年生の雄馬に具体的な方策が有った訳も無い。
只何かをしなければと。
只思いつくことを。
只自分に出来る事をと。
後先考えずにここに来てしまったのだ。
言葉に詰まる雄馬の顔を見ていた克己の表情が突然変わった。
目を大きく見開いて雄馬を見つめると口を開いた。
「君……小笠原の……」
呪縛から解き放たれたように、小さく頷いた雄馬に。
克己の表情が歪んだ。
「そうか……それで君よくここに……」
絞るように言った少年は、泣きそうな顔をして雄馬に向かって深々と頭を下げた。
「4時にはバイト終わるから」
頷いた雄馬に、克己は雄馬のテーブルに頼んでもいないアイスコーヒーと唐揚げを置いていった。
ちらほらと訪れる客の相手を務める少年が先程見せた苦悩の表情を思い出して。
雄馬は唐揚げの塩辛さを噛みしめる。
アイスコーヒーで辛さを誤魔化すが、先日杏と一緒に味わったような甘さは今の雄馬の口には拡がってこない。
(姉ちゃんも泣いてたし。この人も泣き顔見せた……)
中学3年の雄馬は只々理解不能な二人の心情を思って沈み込む。
ーーーーー
夏はまだまだこれからなのに。
暦の上ではもう立秋。
「着替えて来るから。裏で……」
雄馬に言って事務所に消えた克己を。コンビニ裏のブロック塀に腰掛けて待つ雄馬の足元に、見慣れぬ猫が寄ってきた。
手を伸ばす雄馬を嫌がりもせず大人しく雄馬の腕に収まる。
何を急いでいるのか。
西日が夏を追い越して、猫を抱く雄馬の影を長く伸ばす。
「やっぱり
顔を上げた雄馬に、先程とはうって変わって穏やかな表情の克己という少年が微笑みを向けた。
「お姉ちゃんにもすぐ懐いたんだよそいつ……」
西日を浴びた克己の表情に雄馬は緊張を解いた。
「お姉ちゃんの件で来たんだよね」
躊躇いも無く語り掛ける克己の言葉に、雄馬も素直に返事する。
「姉ちゃん……泣いてました」
雄馬がわかるほど、隣で克己が大きく肩を落とした。
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