第10話 涙の意味
「……姉ちゃん、起きてる?」
部屋の外から弟に声を掛けられて玲子は枕に押し付けていた顔を上げた。
強張った首を廻して見た壁掛け時計の針はもう左上を向いている。
「起きてるよ……」
身体は動きたくないと拒絶しているのに、姉の立場が身体を起こす。
「母ちゃん達には上手くごまかしといたから」
ドアの向こうの雄馬の声に、玲子はベッドから降りて目じりを拭う。
(コンビニの袋だった)
初めて見た姉の姿に、雄馬は胸の鼓動が激しくなるのを抑えられなかった。
(姉ちゃん泣いてた……)
小さい頃喧嘩して泣いたり、親に怒られて泣いたりしてた姉の泣き顔は見た事は有る。
でも、今日見た姉の泣き顔は違う。
まだ中学生の雄馬には自覚は無いが。
玲子が見せた顔は何故か雄馬の胸を締め付けた。
(どうしたんだろう)
訳も分からないまま、それでも雄馬は直感的に姉に告白したと言うあの少年の顔を思い出した。
「ちょっと待って。今開けるから」
ノブを廻した玲子の前に、小さな紙箱を捧げた雄馬の姿。
「俺、ガキだから良く分かんねーけど」
言って雄馬は紙箱を玲子に差し出す。
「何が有ったか知らないけど。身体が基本だって言うからなんか食べないと……」
受け取った紙箱の熱さと、弟の大きくなった背丈に玲子は慰められる。
紙箱を渡した雄馬はそれ以上玲子の顔も見ようともせず背中を向けた。
「雄馬!」
思わず掛けた声に雄馬が静かに振り向いて笑顔を見せた。
頷いて再び背中を向けた弟の姿に、玲子はついぞ感じたことも無い家族に対する愛情を噛みしめる。
泣きながら帰って。
「夕飯いらないって言っといて!」
投げ捨てる様に雄馬に言い置いて部屋に閉じこもった玲子。
姉の玲子の。突然の無茶振りを。
弟の雄馬は、事情の一つも聞かずに受け止めてくれた。
机の上に拡げた紙箱から立ち昇るタコ焼きの湯気に。
玲子は再び目頭を熱くする。
ーーーーー
乾きかけた目じりを再び濡らしながら、玲子は克己と交わした会話を思い起こす。
(どうして涙が出て来たんだろう……)
動画を撮らせて欲しいと言ってた癖に。
机の上のデジタル時計の、一回り小さな秒表示が、戸惑う玲子の心臓の鼓動を映すように静かに時を刻んでいる。
急に告白されて。
あたし困ってたんだよね。
自問するが誰も答えてくれない。
ダンスなんて踊れる訳ない。
ひと目を忍んで踏んでたステップも只の気まぐれだよね。
スマホの通知が気になるようになったのは偶然。
親の仇を見るように、タコ焼きにつま楊枝を突き立てて玲子は返事をしない自分に苛立つ。
デジタル時計の表面のプラスチックが天井の円形の灯りを映す。
なんであたしは怒ったの?
掃除の見回りで微笑みを向けてくれた先輩。
階段の下で一人踊ってた先輩。
あたしの思惑なんか考えない先輩。
身勝手で。
強引で。
もうじきいなくなるあたしに告白してくれた先輩。
大粒の涙が溢れて来るのは雄馬が温めてくれたタコ焼きが、熱すぎて喉を焼くからだ。
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