第9話
「僅かな期間でダンス覚えて踊れなんてよく俺も言えたもんだよな」
玲子の膝の上で寛ぐ猫に手を伸ばしかけて克己は自分の手を戒める。
(今手を伸ばしたらオヌシ後輩の膝を撫でかねんぞ)
後頭部から聞こえる誰とも解らぬ声に克己は居住まいを正した。
「スパッツの件は忘れてくれていい」
克己の言葉に玲子は猫を撫でていた手を止める。
(ダンスの件。諦めたと思っていいのかな?)
思わず克己の顔を見返した玲子に、またぞろ克己の意外な言葉。
「代わりにと言っちゃなんだけど。夏祭りに付き合ってくれないか?」
「え?」
「浴衣プレゼントするからさ」
唐突な申し出に玲子が慌てて返答する。
「あ、あの。私浴衣持ってるから大丈夫です」
玲子の返事を聞いた克己は満面の笑み。
「そうか、そりゃよかった」
内心は自分がバイトで稼いだ金で玲子に似合いの浴衣をと、勝手な計画が崩れて落ち込む気持ちも有ったが。
「そんならバイト代全部遊ぶ金に使えるな」
既に浮かれ顔の克己の表情に、玲子はもう何度目かの溜息をつく。
(悪いのはいつも突然の先輩?いつも曖昧な私?)
玲子はだんだん自分に自信が持てなくなってきた。
「でもそれじゃダンスの方は……」
恐る恐る尋ねる玲子の問いかけに、克己は朗らかに答えた。
「ああ、もういいんだ。そんな事忘れてw」
玲子にとって願ったりかなったりの克己の言葉の筈なのに。
(そんな事……)
玲子は心の中で何かが崩れる音を聞いた。
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