第7話 届かぬ想い
何処かで見た顔だと思いながら雄馬を見た杏は、空になったタピオカミルクティーの容器を持って克己の居るレジに行く。
「あたしもポテト貰おうかな」
言いながら空容器を突き出す杏から容器を受け取り、克己は小声で返事した。
「太るぞ……」
カウンターに小銭を並べた杏は、ポテトを受け取るとテーブルに戻りカウンターの中の克己に陽気に話しかけた。
「ウエストが太らなきゃいいんでしょ」
言って自分の太ももをぴしゃぴしゃ叩いてみせる杏に、ついその太ももに目を向けてしまう雄馬。
(仲いいんだな)
二人のやりとりを見て、雄馬は一人合点する。
飲み終えた容器を普通店員が受け取ったりはしない。
それを何のためらいもなく受け渡しする二人。
(でも彼氏彼女じゃ無いんだよな……)
羨ましさも手伝って二人をチラチラと目の端で追いかけて雄馬は、フライドポテトの塩辛さをコーヒーの甘さで和らげて不思議な居心地の良さに浸っていた。
(そうか)
何処で見かけたんだろうと記憶を手繰っていた杏は、隣の中学生が先だって喫茶店で見かけた少年で有る事に気付いて視線を向けた。
見た所克己よりはいくらか背は低いだろうか。太目とは言わないががっしりした体つきに健康的に日焼けした小麦色の肌。
ストローを使わずカップの蓋を取って直接カップに口を付ける少年の姿を微笑ましく見つめる。
(今日のあたし。肌色多いからこの子背伸びしちゃってるのかな)
自意識過剰かなとも思いながらほくそ笑むが、カウンター内の克己にはまるでアピールしていないようで杏は微かに口を尖らせる。
「杏は夏祭り予定入れてるのか?」
カウンターの中の克己から掛けられた問いは雄馬の頭上を越えて隣席の杏に届く。
(夏祭り?)
自分に向けられた質問でも無いのに雄馬は考えてしまう。
「予定って程じゃないけど。当然行くよー」
屈託ない杏の返事に本来部外者の雄馬が反応する。
(誰と行くんだろう……)
気付かれないように目の端で杏の膝に目をやりながら杏の浴衣姿を雄馬は想像する。
お祭りと言えば男友達と下らない馬鹿話をしながら連れだって行くものだと思っていた雄馬は、初めて想像する女子と連れだって歩く夜店を思い浮かべて動揺する。
(な、何話せばいいんだろう)
俄かに火照る顔を冷やそうと、雄馬はカップの氷を頬張る。
そもそもそんな予定も無い雄馬が心配してもしょうがない話ではあるのだが。
「彼氏と行くのか?」
克己の投げかけた質問に何故か雄馬がびくつく。
「あたしに彼氏なんて居ないの克己君知ってるでしょ」
笑いながら答える杏の言葉に胸を撫でおろす雄馬。
「それとも克己君が誘ってくれるの?」
含み笑いで問う杏の言葉に、雄馬は今度は克己の表情を盗み見る。
「そんな恐れ多い事は出来ません」
冗談とも何とも言えない克己の返事に雄馬は安心するが杏は大袈裟にため息をついてみせた。
「残念だなあ。克己君が誘ってくれれば気張って浴衣着たのになあ」
大仰な杏の口振りにカウンターの克己が肩を竦める。
「それはそれは恐悦至極」
二人のやりとりに、まだ異性とのコミュニケーションに慣れていない雄馬は、眩しいものでも眺める様に二人の佇まいを目で追っていた。
ーーーーー
シャワーで汗を流して、玲子は台所に駆け込む。
冷蔵庫の扉を開いて900ミリペットボトルに口をつける。
大きく開け放たれた台所の裏口の先、猫の額ほどの家庭菜園にシャワーヘッドを振り回す母の姿。
(植物だって水分欲しがるんだ。あたしだって)
首に掛けたタオルで額の汗を拭って、玲子は再びボトルを仰向ける。
「ただいまー」
気の抜けた声の主は弟の雄馬だ。
スポーツドリンクを流し込むのに忙しい玲子には返事をする暇はない。
台所に顔を出した雄馬は鼻に皺を寄せて玲子を睨む。
「雄馬も飲む?」
たった今まで直に口をつけていたペットボトルを突き出す玲子に。
「お気遣いありがとうございます。しかしわたくしめ優雅に涼んで参った次第で……」
芝居がかった雄馬の言葉に玲子は首を傾げる。
「喫茶店でも行ってきたの?」
まだ中学生の弟が一人で喫茶店に行ける筈も無いと思いながら玲子は水を向ける。
「もっとずーーっといい所だよ」
満面の笑みを返す雄馬に玲子は目を丸くする。
長い事雄馬と一緒に居るが、弟の見せた表情は姉の玲子がこれまで見た事が無い表情だ。
弟の嬉しそうな顔は何度も見ているが、欲しいものを手に入れた時の表情とも違う。
(中学生の雄馬が一人で行けて喫茶店よりもずっといい所?)
空になったペットボトルのフタを燃えないゴミの袋に放り込み、シンクでボトルを洗いながら玲子は雄馬に問いかける。
「雄馬が一人で行けるいい所とか。お姉ちゃんにも教えなさいよ」
「内緒~」
肩を竦めて台所を出ていく弟の左手にフライドポテトの紙箱があるのを玲子は見逃さなかった。
(コンビニがいい所?)
不思議に思いながらレジに立っていた克己の事を思い出す。
(アイスでも買いがてら行ってみようかな……)
夕食の準備まではまだ時間があるだろうと、ポーチに財布だけを入れて玲子はコンビニに向かった。
傾きかけた陽が、コンビニの建物の影を伸ばし始めた午後4時。
玲子の視界にコンビニの裏手に大きなビニールに包まれた廃棄物を運ぶ克己の姿が映る。
視線が合った克己はビニールを抱えたまま両手でTの形を作って玲子にウインクしてみせた。
玲子が店に入ると見慣れぬ店員がレジに居る。
(先輩。勤務時間終わったのかな)
何故だか少し気落ちする自分に苦笑して玲子は奥のドリンクショーケースへ足を向ける。
(勤務終わりなら。事務所から出て来るまで少し待たなくちゃいけないからアイスはまずいよね)
誰に言い訳する訳でも無く、独りで自分に言い聞かせてショーケースのドリンクを品定めする。
炭酸が好きな弟と違い玲子はどちらかと言えばお茶派。
アイスでないなら特にこだわる必要もないかと玲子は適当に何本かをカゴに放り込みレジに向かう。
わざと少し時間を取ってレジを済ませて店を出た玲子を、既に私服に着替えた克己が店先で迎えた。
「今日はもう終わりなんですか?」
問う玲子に克己が照れくさそうに頷いた。
「暑い中大変ですね」
言いながら買い物袋に手を入れて、玲子はどうしてこんな物を買ったんだろうと思いながら結露しているカップ容器を取り出して克己に差し出す。
「!!!」
大袈裟に驚いた克己が、カップを受け取るともう片方の手で玲子のぶら下げた紙袋の持ち手に手を通す。
レジに行く道すがら、おにぎりやお弁当の並んだショーケースの一角にあったカップ飲料に思わず手を伸ばしてしまった玲子。
自分が暑かったから、当然克己も暑かった筈とは、思い違いも甚だしいが。
カップを受け取った克己にはそんなことはどうでもよかったらしく。
当然玲子の分も中に入っているのだろうと考えた克己が、玲子が取り出しやすいよう手を貸してくれたのだろうと、玲子は判断して克己の手助けに笑顔を返す。
取り出してみて、玲子は自分が選んだカップ飲料を改めてしげしげと眺める。
(チョコミント……)
自分で選んでおきながら、玲子は何故これを選んだのか思い出せない。
(タピオカミルクティーじゃ甘すぎると思った?)
克己が買い物袋を持ってくれているのをいいことに、玲子はカップにストローを刺して冷たい液体を吸い込む。
(チョコミントなんてあたしの好みじゃない筈だし)
甘さと同時に喉を刺激するミントの爽やかさが、不思議と玲子の火照った顔を冷ましてくれていた。
克己に促されて店の裏手に回る。
「俺今日チャリだから送ってくよ」
屈託なく言う克己に玲子は少し困った顔をしてみせる。
(あたしはアイスを買いに来ただけなのに……)
克己にタイムを掛けられただけで、早々にアイスの事など諦めた癖に。
玲子は何故か自分に言い訳する。
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