第6話 スパッツか?浴衣か?

「克己君は海とか行かない訳?」

昼の忙しい時間も過ぎ、閑散としてきた店内で、僅かばかりのフードスペースに設けられたイートインで、短いショートパンツから惜しげもなく晒した剥き出しの足を組んだ杏が、棚のタバコの入れ替え作業を済ませた克己に問いかける。

活動的な杏のいでたちは、細い肩ひものタンクトップにガーゼ地のホットパンツ。

一番近い海岸でも、車で優に一時間以上掛かると言うのに、気の早い杏は既にビーチサンダルだ。

安っぽいサンダルだが、おしとやかさではなく活発さを売りにしている杏には実にお似合い。



夏の盛りには日が暮れるまで客足が途絶えることも無いコンビニだが、海開きしたばかりで海水もまだぬるめのこの時間帯、昼下がりには店員も一息つける。


「お客様。店員に気安くお話掛けなさいませんようお願いします」


ガラス張りの店先に背を向けた本の陳列棚の隣に、置き始めたばかりのファミリー花火を揃えながら。防犯カメラを気にした他人行儀な返事を返す克己に杏は破顔してみせる。


「気にしなくても。トラブルでも起きない限り、父さんカメラチェックなんかしないわよ」


言う杏は自分の親が経営する店だけに気楽なものだが、雇われバイトの身の克己は気になる。


「バイトもあるし。海とか行く予定も無いな」


「折角の夏休み。何も予定無いの?」

杏のしつこい質問に克己は口を尖らせて言い返す。


「そういう杏こそどうなんだよ。毎日の様にここで昼食取ってさ」


バイトを始めてみて知ったが、杏は休みが始まってからほぼ毎日店に来てはイートインで時間を潰しては克己の邪魔をしていく。

「親孝行な娘としては。少しでもお店の売り上げに貢献しようと涙ぐましい努力をしているわけよ。健気でしょう~」


伸ばした語尾が如何にも胡散臭くて克己は鼻白んだが口には出さないでおいた。


「ていうかさー。櫻井君、そもそもなんでバイトしようなんて思った訳?」

タピオカミルクティーを啜って聞く杏に克己は言葉を濁す。


「なんでって……」


組んだ足に肘を乗せて杏は克己に顎を突き出す。

「何かお金が必要な事情有るんでしょ?」

「そりゃまあ……」


言い淀んだ克己に杏が畳みかける。

「当てて見せようか?」

Lサイズの容器の底にたまったタピオカをかき混ぜながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた杏。


「櫻井君。好きな子出来たでしょ」


(どうせあてずっぽうだ)

思いながら克己の心臓は早鐘の様に脈打つ。


「なんでそう思うんだよ」

内心の動揺を抑えて問い返す克己。


「んー。まあ他に思いつかなかっただけなんだけど」

言って杏はペロリと舌をだしてみせた。


「時期的に。好きな子に浴衣でもプレゼントして。浴衣デートでも企んでるのかと……」


杏の一言に、気持ちを見透かされているのかと一瞬焦った克己だったが。


(浴衣かあ……)

玲子にスパッツをプレゼントしようと目論んでいた克己の脳裏にたちまち浴衣姿の玲子の立ち姿が浮かぶ。


思春期真っ盛りの少年の気持ちは見事に移ろいやすい。


虚空を見つめる克己に杏は再び疑いの目を向ける。

「なあに。やっぱり当たってた?」


「ち。違うわ!誰が浴衣なんぞ」


泡を食う克己に助け舟を出すかの様に開く店のドア。


「あ」

小さく声を上げたのは入るなり杏の太ももを目の当たりにした玲子の弟雄馬だった。


―――――

特に目的が有った訳でも無いし、ましてや杏が居るなどと想いもしなかった雄馬は、驚きと喜びで一人で焦った。


「いらっしゃいませ」

「は。ハイ」

克己の店員として当然の挨拶に、動揺している雄馬は思わず返事をしてしまう。


顔を赤らめる雄馬の耳に、鈴を鳴らす様な杏の小さなクスクス声が響いた。


「あ。あの。アイスコーヒー下さい。氷マシマシで」

照れ隠しを急いで、考えてもいなかった妙な注文をしてしまう。


「解りました。Lサイズで宜しいですか?」

「そ。そうですね。水分補給大事ですもんね」


焦りがいらぬセリフを付け加えてしまうが雄馬自身にも止められない。


「水分もですが。適度な塩分も欲しいところですよね。ご一緒にポテトもいかがでしょう?」

こう切り出した克己のセールストークにあっさり乗っかる中3男子。

「そうですよね。塩分摂らないと血液中の塩分濃度がどうとか……」


杏の視線を気にして朧げな記憶を頼りに相槌をうってみる。

ころころと鈴を鳴らす様な杏の声に雄馬は照れるやら、ウケて嬉しいやら。


無論雄馬の狙いは杏の隣に空いているテーブルだ。


雄馬の狙いなど知らぬ克己だが、ショーケースのホットスナックをさばけるのは有難い限りなので商売にも熱が入る。

と言っても売り上げで克己のバイト代が増減する訳でもないのだが。 


「あちらのスペース。冷房が効いておりますのでよろしければどうぞ」

克己が手で差し示したのは、くだんのテーブル。


(なんていい男ひとなんだ)

雄馬は克己に満面の微笑みを返す。

「有難う御座います。遠慮なく」

言い方がしゃちほこ張っているが雄馬に自覚は無い。

(なんだよ姉ちゃん。最高にいい男ひとじゃんかよ)




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