第5話 切ない共感

「わかってるよ。多くは望んじゃいない」


店内に流れるBGMにさえぎられてハッキリとは聞き取れないが、それでも雄馬の耳には克己と純也の会話がかろうじて聞き分けられる程度には聞き取れていた。


雄馬のテーブルをはさんで克己達と反対側のテーブルの母達は久しぶりの女子会に盛り上がって周囲の声なぞまるで耳に入っていないようだ。


杏と呼ばれた少女はスマホの画面を熱心に覗き込んでは時折笑顔を浮かべて画面を指で叩いている。


(友達とチャットでもしてるのかな。やけに楽しそうだ)


克己と純也の会話に耳をそばだてながら、視線はしっかり杏の挙動を追いかける雄馬。


「あの子だって転校まじかで色々大変なんだろうし」

小声で目の前の友人に呟く克己。


「辛いとこだよな……」

これまた小声で答える純也と呼ばれた少年。


(姉ちゃんの話しだ)

雄馬の心臓がぎくりと反応する。


「せめてもの救いが祭りの後って事なんだよ」

小声で語る克己の声。

「あの子に俺の想いは伝えたし。あとはせめて最後にこの街でのいい思い出作ってやれたらと思ってさ」


「お前の気持ちはどうなるんだよ」


「そんなん初めから期待してないよ」


自嘲気味な声で言う克己の声に雄馬は初めて意識を克己に向ける。


さっきまで杏と克己の関係を誤解して腹を立てていたせいもあって、雄馬にとって克己の言葉は意外だった。


「初めから叶わないのは承知の上だし」


克己の言葉に克己に視線を向けた雄馬は、喫茶店の窓の外に視線を投げる克己の寂しそうな横顔を見てしまう。


(まいったな。心配してたのと違う。このひと本気でお姉ちゃんの事好きなんだ)


まだ誰かを好きになった事のない雄馬は、未経験の事態に頭がついてゆかず、思わず杏に視線を戻す。


(俺ならあの子に告白なんか出来るかな)


まさか雄馬の心の声が聞こえた訳でも無いのだろうが、顔を上げた杏と視線が交錯してしまい雄馬はうろたえる。


照れ隠しに咄嗟に席を立った雄馬は隣のテーブルの母に問いかける。

「母さんトイレ何処?」



ーーーーー



(それにしてもあのひと姉ちゃんのどこに惚れたのかな)

喫茶店で初めて見た姉に告白したという少年。

自宅に戻った雄馬は考えていた。


雄馬の想像よりは幼く見えた。

もっともそれは無意識に、姉に言い寄るからには大人びた男性なんだろうと、まだ幼い中学3年生の頭で想像したにすぎない事だったが。


小さい時からいつも一緒に居て、そもそも女子を女性として意識したのもつい最近の雄馬には、姉のどこが他の男子に魅力的なのか分らない。


姉との仲はいい方だと雄馬自身は思っているが、姉とべたべたした事も無いし、したいとも思わない。

(姉ちゃんは姉ちゃんであって。女子じゃ無いんだよなあ)


(それでも。姉ちゃんと一緒に居たいと思う人も居るんだ……)

そこに思い当たった雄馬の脳裏に浮かんだのは、何故か杏と呼ばれていたボブカットの少女の姿だった。

(考えてみりゃ。俺も転校しちゃったらもうあの人とも会えなくなるのか)

雄馬は考えて、初めて自分が転校するんだという事実を今更のように噛みしめる。


友人と別れる淋しさも、見知らぬ土地に行く不安もさほど感じなかった雄馬だが。

今日初めて会ったばかりのあの少女ともうじきお別れだと思い当たって、俄かに未練が沸き起こって雄馬は喫茶店で見た克己と呼ばれていた姉に告白したという少年の淋し気な横顔を思い出した。




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