第4話 「姉ちゃんの彼氏」
「姉ちゃんさあ。彼氏出来たの?」
弟の雄馬の突然の問いかけに玲子はうろたえた。
食卓を囲んでいた父と母がチラリと玲子に視線を向けたが何も言わず箸を動かし続けている。
「そんな訳無いでしょ。もうじき転校するのに」
「だよなあ……」
母に茶碗を突き出しておかわりを催促しながら雄馬は屈託なく笑う。
今朝は玄米ご飯なのだが、育ち盛りの真っただ中の雄馬には白米だろうと玄米だろうと変わりはないようだ。
弟の言葉に内心玲子は激しく動揺していた。
(別に動揺する必要なんてないんだ。断ったんだし)
自分の動揺に、ほかならぬ玲子自身が動揺している。
(それにしても。雄馬何処でそんな噂聞きつけたんだろう)
皿に盛られた目玉焼きの黄身を潰しながら玲子は想いを巡らす。
ーーーーー
「嘘じゃねえよ。姉ちゃんが言ってた。図書室の前で告られてたのお前の姉ちゃんだって俺の姉ちゃん言ってた」
そう友人に聞いたのがつい昨日。
半信半疑で姉に聞いたが、姉の反応に僅かに違和感を覚えた雄馬は好奇心も手伝って探りを入れる事にした。
ーーーーー
母親同伴で喫茶店とか、クラスメートに見られたら雄馬にとっては切腹ものだが。
「チョコレートパフェが食べたいー」とごねて情報収集に赴いたのは大人にも子供にも自在になり得る中学生の特権だ。
辛うじてまだ中学生の雄馬は体格は高校生レベルなのだがそこは息子振りをブリブリ言わせて押し通した。
母親にとっても、母になってからは容易に立ち寄れない喫茶店に行けるとあって最初こそ首を傾げて見せたが、友人に電話をしてからは寧ろホクホク顔で父に「どうしても雄馬が行きたいって言うから」そそくさと洗い物を澄ますと洗濯物を干し、化粧を始めた。
明らかに息子をだしにして友人も誘って息子そっちのけで別テーブルで友人と歓談している。
あっという間に母から女性に戻った母が女子会に没頭したのをいいことに雄馬は周囲の観察を始めた。
友人から仕入れた情報では、姉に告った2年男子はこの喫茶店に良く立ち寄っていると聞いたし、おおよその風貌も聞いてある。
待つことしばし、階段を上ってくる気配に入り口に目を向けた雄馬は、ドアを開けて入って来た人影に当初の目的を忘れてしまった。
染めている訳でもなさそうなナチュラルな茶髪のボブカット。
滑らかな顎を僅かに覆う細い髪が柔らかそうな首筋を覗かせ無防備な中学3年生の脳を焼き払う。
ボブカットの女子高生に目を奪われた雄馬は、一緒に入って来た男子の姿に息を呑んだ。
友人に聞いていた姉に告った男子高校生のイメージにどんぴしゃりだ。
雄馬の脳裏でいろいろな情報と感情が入り混じる。
(何?姉ちゃんに言い寄った男に彼女が居る?)
彼女が居るのに姉にも声をかけたというのか。雄馬の脳裏に純真な弟の怒りが渦巻く。
取り立てて姉弟の仲が良いわけでもないし。アニメの観過ぎの中学生の様に姉にあらぬ感情なぞ抱いた事もない雄馬だが。男が連れている女子が可愛い事も手伝って、姉が侮辱されたような気がして堪らない。
無意識に目の前のパフェを乱暴に掻き回してしまい、パフェグラスの中は謎物体の塊になってしまったが、雄馬は躊躇なく口に放り込んでテーブルについた女子を見た。
(それならそれでこの実態を姉ちゃんに報告して。大事な姉ちゃんを毒牙から守るだけだ)
ところがそんな雄馬の意気込みを嘲笑うかのように、男子は女子と同じテーブルにつかず、隣のテーブルに腰を落ち着けた。
(???)
雄馬の戸惑いなぞお構いなしに、二人は別々にメニューを眺め始めた。
(なんだ。カップルじゃないのかよ)
思案する雄馬の耳に又誰かドアを開ける音。
「わりぃわりぃ。遅くなった」
言いながら高校生と思しき男子は雄馬の姉に告白したと思われる男子の座るテーブルに座った。
予想外の展開にしばし大人しく様子を窺おうと、さっきまでの激情はあっさり引いた雄馬は最早パフェだかココアだかわからなくなった代物をストローで啜り始めた。
「なんだ杏も来てたのか」
新たにあらわれた少年はボブカットの少女にそう問いかけた。
「偶然よー」
少女はサラサラの髪を揺らして答える。
切り揃えたボブの髪先が揺れて綺麗な顎の線を垣間見せる。
(あんずって言うのか。可愛い名前だなー)
少女と、姉に告ったと思しき男子が恋仲ではなさそうな様子に、雄馬はついさっきまで抱いていた憤懣もどこへやら、ストローを咥えたまま杏と呼ばれた少女に魅入ってしまった。
改めてみる少女の姿に今度こそ雄馬は見惚れる。
丸首の黒いサマーセーターの袖は長く、いわゆる萌袖というやつだ。
胸元は大きく灰色のパッチがあてられ『My First』なる刺繍が施されている。
(『My First』一体誰の事だろう)
有らぬ妄想を思い浮かべて、雄馬はここに来た当初の目的をすっかり忘れている。
「純也くんこそいっつも克己君と一緒ねー」
少女の言葉から,雄馬は姉に告った男子が克己、その友人が純也、美少女が杏という名前だと言う事を覚えた。
(あんず、ボブカット、萌袖、姉ちゃんに言い寄った男の友人。良し覚えた)
どうやら中学3年生の男子の中では大事な姉より目の前の美少女の比重の方が重かったようである。覚えた順番がそれを如実に示していた。
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