第2話 揺れる想い
特に意識することもなかった先輩だったが、自分の事をそんな風に思っていてくれたことに玲子は驚いたし、なにより即答で断りを言わなければ無かったことに玲子は胸が痛んでいた。
まだしばらく放課後の巡回で顔を合わせなくてはいけないのだ。
「どんな顔で向き合えばいいんだろう……」
自分では意識が無かったが、どこかいつもと違う素振りでも出ていたのか、いつもは玲子から話しかけなければ碌に話もしない一つ下の弟が「なんかあった?」などと声を掛けてきた。
鏡を覗いても玲子には自分では特に何も感じられない。
夕食の卓についた玲子に母が問いかけてきた。
「友達にはもう転校の話は済ませてるんでしょう?」
「うん」
答えながら玲子の頭に浮かんでいたのは何故か克己の深々と頭を下げた姿だった。
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翌日、克己のいつもと変わらぬ様子に少なからず玲子はとまどった。
「休みが近いから特に念入りに見て回るぞ」
今日の克己は1年男子を引き連れて屈託なくお喋りしながら3年教室に向かって行ってしまった。
昨日の今日だというのに昨日の帰り際に見せた落ち込んだ様子は微塵も見えない。
(大して本気の告白って訳でもなかったのかな?)
自分から告白を断っておいて、何故か克己の態度に腹立たしさを感じてしまう玲子。
(あたしだってそれなりに罪悪感も感じて一晩悶々としたっていうのに)
理不尽な言い分だとはどこかで感じながらも玲子は思わずにはいられなかった。
「日報回収したら解散」
巡回を終え各班巡回の寸評を報告し終わると、あっけないほど軽い調子で解散を告げる克己の態度に玲子は思わず眉をひそめてしまう。
「?」
目が合った克己が怪訝な顔をする。
他の生徒が引き上げていくのを確かめて玲子はつい克己に声を掛けてしまった。
「今日は機嫌がいいみたいですね」
言ってから玲子は自分の言葉に青くなった。
昨日告白を断った人間の言うセリフではない。
無意識のうちに、やむを得ない事情からとは言え。自分が振る形になった
相手に落ち込んで居て欲しいと言う驕りがあったのだろうか。
見れば克己の表情から色が消えている。
玲子は血の気が引いていくのが自分で分かったが手遅れだ。
玲子は自分が言った言葉に凍り付いてしまった。
三々五々散っていく風紀委員の姿がまるで画面越しに見える映像の様に霞んで自分と克己の二人だけが時間の止まった空間に取り残されたような数秒。
「最後の夏休みだな」
克己の言葉に玲子の時が動き出す。
「嫌。ここで過ごすって意味だけどさ」
照れたような笑みを浮かべて克己は続ける。
さっきの言葉が聞こえなかったのか、それとも聞き流してくれたのか。
玲子は救われた気持ちで克己の表情を盗み見た。
「ちょっと時間いいかな」
「あの、昨日の話なら…」
言い淀む玲子に克己は微笑んで返す
「うんそれはわかったから」
図書室前の廊下の突き当りはグラウンドの端に出る非常口だ。
玲子を引き連れた克己達の居る場所はグラウンドの一角に野球部用の高いネットが張られたダイアモンドの反対側だ。
生徒数の少なさ故にようやっとポジションが埋まるだけの部員しか居ない野球部員の熱い掛け声が初夏の日差しを切り裂いて克己達の耳にも届いていた。
非常口を出た克己は着いてきた玲子に穏やかに語り掛けた。
「昨日の話は置いといてさ」
「引っ越しまでにまだ少し時間有るだろ」
「でもわたし……」
「違うんだ。記念にさ、ダンス動画一本撮らせてくれないかな」
一拍置いて克己は言葉を続けた。
「ひと夏の思い出って奴かな」
屈託なく言う克己に玲子は少し
(この人はめげるという事が無いんだろうか)
不謹慎だと思いながらも玲子は知らず頬を緩めてしまう。
そんな玲子の表情に克己の表情も緩んだ。
(どうしちゃったんだろう。昨日告白されてからなんだかいろいろ考えちゃって悶々としていた気分が晴れていく……)
玲子の脳裏を様々な感情が渦巻いて、16の少女の心を揺さぶる。
(本当にあたし不謹慎だ。昨日は自分の勝手で傷つけておきながら、今日はその先輩の言葉に顔を
(自分勝手で我儘で。先輩こんなあたしのどこが気に入ったんだろう)
克己を目の前にしながら、ついまじまじと相手の瞳を見つめてしまっていることに気付けなかった玲子の素振りは思い込みの激しい克己にあらぬ期待を植え付けてしまっていたのだが。
「自宅じゃ家の中で暴れるわけにもいかないからさー。車庫にスマホ持ち込んで踊ってるよ」
「うんうん」
結局ハッキリやるともやらないとも返事出来ぬまま引きずられる様にしばらく話し込んでしまい、踊って欲しいダンス動画のURLをいくつか教えられて玲子はその日は帰路についた。
ーーーーー
「どこをどうやったらこんなダンスあたしに踊れるっていうの」
制服を脱いでダブルガーゼ地のお気に入りのボーダー柄のカッターシャツとコットンのショートパンツに着替えて玲子は扇風機の前にあぐらをかいた。
克己に押し付けられたダンス動画をスマホで確認して玲子はため息をつく。
アップテンポな音楽に合わせて目まぐるしく動く足、スカートの下にスパッツを履いた少女が軽快に踊る動画に(こんな風に踊れたら気持ちいいだろうな)と思う気持ちと(こんなの踊れるわけないじゃん)という思いが交錯する。
だがもうひとつ気付いた事があった。
「階段下で克己先輩が踏んでたステップだ……」
どうやら彼は本気でこのダンスをマスターするつもりらしい事に気付いた玲子はベッドに腰掛け深々と溜息をついた。
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