第232話 おまけ

カズさんからベルトを奪還した数か月後。


試合会場の控室で、光君と高山さん、吉野さんの4人で話していた。


相変わらず、英雄さんはトイレを行ったり来たり。


初めての世界チャンプ戦の時よりも、トイレに行く頻度が多く、光君は呆れかえっていた。


「ったく… オーナーなんだから落ち着けばいいのに…」


「仕方ないっすよ。 明け方、千歳に陣痛起きたし…」


「え? マジで?」


「はい。 英雄さんと二人で付き添おうとしたら、『来るな!』ってブチ切れられて… お母さんが病院に連れて行ってくれたんすけどね」


「お前、よくそれで落ち着いてられるな?」


「千歳に言われたんです。 『ベルト守れなかったら、実家に帰れ』って。 完全に脅迫っすよ」


「奏太と竜介が生まれた日もベルト取ってたよな? まぁ、すぐカズに取り返されたけど…」


「それ言わないでくださいよ」


笑いながら話していると、ドアがノックされ、親父とカズさん、そして奏太と竜介の4人が中に入り、竜介が勢いよくとびかかってくる。


「パパー!!」


「お? 来たな?」


「あのね! さっき赤ちゃん産まれたって!!」


「そうか! どっちだって?」


竜介に聞くと同時にドアが開き、英雄さんが控室に戻ってきたんだけど、竜介は英雄さんを見るなり、英雄さんに飛び掛かる。


「あ~!! じいちゃん!!!」


「リュウ! 奏太! 来てたか!!」


英雄さんのテンションは一気に上がり、それ以上のことは聞けないままでいた。


少し話した後、4人は控室室を後にしたんだけど、ドアが閉まったと思ったら、再度ドアが開き、奏太が中に駆け込んできた。


「パパ、赤ちゃんね………」


千優の言葉を聞き、思わず固まってしまった。



数時間後、キラキラでピカピカのベルトを腰に巻き、暗い通路の中から光の中へ向かうように、ヨシ君の待ち構えるリングに上がり、レフェリーの話も聞かずにいると、幼い二つの叫び声が聞こえてくる。


「「パパ~! 頑張って~!!」」


すると、ヨシ君にもそれが聞こえたのか、俺にぐっと近づき、切り出してきた。


「下、産まれたってな。 どっち?」


「男っす。 元気な双子の」


「また? どんな確立だよ…」


「ヨシ君がこの試合で勝つよりも高いっすよ」


「ほざけ。 引退かかってんだ。 負けれっかよ」


小さく笑いながらコーナーに戻り、光君の話を聞きながら視線を向けると、奏太と竜介は不安そうに俺を見てくる。


二人に向かってグローブを突き出すと、竜介は笑顔で手を振り、奏太はじっと俺を見つめ拳を突き出してきた。


『奏太、ホント千歳そっくり。 リュウは俺にそっくりだな』


二人の息子をまじまじと眺めた後、大きく息を吐き、リング中央へ向かっていた。




数か月後。


ジムでサンドバックを殴っている横で、奏太は高山さん、竜介は英雄さん相手に、ミット打ちを繰り返していた。


「いいぞ! そうだ! もっと思いっきり!!」


英雄さんの声に懐かしさを感じていると、タイマーの音が鳴り響く。


ベンチに座り、タオルで汗を拭っていると、ジムの扉が開き、トレーニングウェアに身を包み、ポニーテール姿の千歳が入ってくるなり、俺の隣でシューズを履き始める。


「あれ? どうした?」


「縄跳びしに来た。 なかなかウェイトが戻らないからさ」


「優斗と駿介は?」


「母さんとヨシ兄にお願いしてるよ。 家でゴロゴロしてたらマイマイに追い出されたんだって。 この前の試合で負けて引退したじゃん? 次にどうするかまだ決めてないんだってさ」


千歳はそれだけ言うと、縄跳びを片手に、窓から差し込む光の中へ向かっていく。


初めて見たあの頃と同じように、ポニーテールの髪を弾ませながら、黙々と縄跳びを始める千歳の後姿を見ていたんだけど、昔、一緒にトレーニングをしていた時よりも、足は上がってないし、テンポもゆっくり。


その後姿を見ているだけで、ジムの外から覗いていた後ろ姿が、被って見えていた。


『変わんねぇなぁ… 本物だから当たり前か…』


懐かしく思いながら後姿を見ていると、窓の外で何かが動いていることに気が付いた。


不思議に思いながら外に出ると、カバンを斜めがけした小さな女の子が、外に置いてあった箱に乗って必死に背伸びをし、窓の外から中を覗き込んでいた。


脅かして転ぶことが無いよう、そっとその子を脇に抱きかかえ、下におろすと、女の子は顔を真っ赤にして目を泳がせてた。


「そんなところに乗ってたら危ないぞ?」


「あ… あの… 竜介君のパパですよね?」


「え? あ、ああ… そうだけど友達?」


「は、はい。 あの、竜介君のドリルがランドセルに入ってて…」


「届けてくれたんだ。 ありがと。 ちょっと待って」


女の子にそう言った後、竜介を呼ぶと、竜介は元気に声を上げる。


「あ! チヒロちゃん!! どうしたの?」


「算数のドリルが私のランドセルに入ってたよ。 私のドリル、ランドセルに入ってなかった?」


「ごめん! 見てない!!」


「もー! 宿題できないじゃん!!」


チヒロちゃんが声を上げると、中から奏太が出てくるなり『中田ちひろ』と書かれた算数のドリルを手渡す。


「これ、竜介のランドセルに入ってた」


「あ… ありがと」


ちひろちゃんは顔を赤らめながらドリルを受け取り、お礼を言った後、慌ただしくその場を後に。


『中田ちひろ…』


なんとも言えない気持ちのまま、3人でジムの中に入り、ベンチに座っている千歳の隣に座り込んだ。


「今、中田ちひろちゃんが竜介に算数のドリル届けに来たんだけどさ…」


「マジ? 後でお母さんにラインしないと…」


「本当に居るんだな。 『中田ちひろ』」


「そりゃ居るっしょ。 向こうからしたら私が偽物かもよ? あ、内緒だけど、竜介はちひろちゃんが好きなんだって」


「マジ?」


「うん。 でも、ちひろちゃんは奏太が好きで、奏太は桜ちゃんが好きなんだって。 『桜ちゃんは強い人が好きだから、早くパパより強くなりたい』って言ってたよ。 そういえばヨシ兄からの伝言。 『3階級制覇目指せ』って」


「3階級か… 英雄さんを超えるにはそれしかないかもな」


楽しそうに汗を流す奏太と竜介を眺めながらゆっくり立ち上がると、千歳が切り出してきた。


「久々にミット持つ?」


「ああ。 頼む」


千歳はゆっくり立ち上がり、二人で歩幅を合わせながらリングの上に向かっていた。




fin

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