第230話 味方

半年後。


カズさんから指名され、カズさんの2度目の防衛戦に挑んだ結果、12ラウンド終盤に左ストレートが綺麗に決まり、俺の判定勝ち。


チャンピオンの座を奪還した翌日、英雄さんは寂しそうに記入済みの婚姻届けを手渡しながら切り出してきた。


「孫、絶対に抱かせろよ」


「はい! ありがとうございます!! 絶対、約束します!!」


千歳と入籍してすぐ、英雄さんの家の近くに二人で住んでいたんだけど、住み始めてすぐに千歳の妊娠が発覚。


初の防衛戦で戦った外国人選手から勝利し、幸せに包まれる生活をしていた。



そんなある日のこと。


英雄さんに呼び出され、おなかの大きな千歳とともにジムへ。


ジムに行くと、カズさんとヨシ君、そして英雄さんがリングの上で座り込んでいた。


不思議に思いながら千歳とリングに上がり、座り込むと、英雄さんが切り出してくる。


「お前らに家とジムを継ごうと思う。 お前ら兄妹は3人だけど、継ぐ物が2つしかない。 誰かひとり、辞退することになるが…」


「ちょっと待って。 私、中田じゃなくて菊沢になったんだよ? ここはカズ兄とヨシ兄で分けるべきじゃない?」


「ちー、お前何言ってんの? 奏介は現チャンピオンだろ? チャンピオンがジムを継ぐべきだし、家は長男の兄貴が継ぐべきだろ?」


「ヨシ、待て。 現チャンピオンの奏介がジムを継ぐのは賛成する。 けど、俺はマンションを買ってるんだし、家を継ぐのは賃貸に住んでるヨシだろ」


「待ってって! なんで奏介がジムを継ぐって決まってるの? 次の防衛戦はカズ兄が相手でしょ? カズ兄が勝ったら、ジムを継ぐのはカズ兄でしょ? 長男だし」


「俺が勝つとは限らないだろ? もしヨシが勝ったら…」


「いやいやいやいや、俺、東条ジムだよ? ここは中田ジムの人間に…」


醜い擦り付け合いが繰り広げられる中、話に入れずにいると、英雄さんが手のひらでリングを叩きつける。


「…辞退したい奴は手を挙げろ」


英雄さんの言葉をきっかけに、3人は全く同じタイミングで手を挙げる。


息の合った行動に、思わず吹き出しそうになると、英雄さんの顔はみるみるうちに赤くなっていた。


「お前ら… リング上がれやぁ!!!」


「もう上がってる」


カズさんの冷静な言葉に我慢しきれず、勢いよく吹き出してしまった。


『やべぇ… この家族、ほんと面白れぇ…』


「やっぱりここは長男のカズ兄がさぁ」


「ふざけんな。 一番最初にチャンピオンになったのはヨシだろ?」


「まったまった! 俺は秀人さんの義理の息子だよ? ここは純粋な英雄っ子の奏介に…」


「だからなんで奏介なんだって! ヨシ兄だって、マイマイに捨てられるかもしれないでしょ!?」


「それ言ったら兄貴だって… そうだよ! 桜ちゃん中田ジムじゃん!!」


「ふざけんな。 ちーってまだ中田ジム所属扱いになってるんだろ? 奏介じゃなくてお前でも…」


「絶対嫌だ! 長男なんだから…」


醜い擦り付け合いを続ける3人を見ていると、笑いを堪えることができず、声に出して笑っていた。


「ここは平等にくじで決めようぜ!! 俺、作るよ!」


ヨシ君の言葉に、千歳はヨシ君をキッと睨み、低い声で切り出した。


「細工する気でしょ?」


「し、しねぇって! 話し合ったって決まるわけねぇだろ? 3人ともいらねぇんだから。 だったらここは平等に…」


「お前の作ったくじ程、不平等なものはない」


ヨシ君の言葉をカズさんが遮り、千歳が何度も頷いていると、英雄さんが切り出してきた。


「奏介、お前はどう思う?」


「え? あ、つーか、一つ聞いていいっすか? 家を継ぐって、継いだ後は英雄さんたち、どこに住むんすか?」


英雄さんはハッとした表情の後、眉間に皺を寄せ、しばらく考え込んだ後、小声で告げてきた。


「…同居?」


「無理無理無理無理。 絶~対ない」


3兄妹は声を揃えて言い始め、英雄さんの表情は、見る見るうちに暗く沈んでしまう。


暗く沈み切った表情の英雄さんを見ていると、だんだん可哀そうになってしまい、英雄さんに切り出した。


「家はともかくとして、ジムは俺が継いでもいいっすよ」


「はぁ!?」


声を上げる千歳を抑え、英雄さんに切り出した。


「ただし、条件が3つあります。 1つ目は、俺、限界まで現役でいたいんす。 現役生命が終わって、オーナーライセンスを取ったらジムを継ぐんで、それまで英雄さんがオーナーでいてください。 2つ目が、俺がオーナーになっても、英雄さんは相談役で在籍し続けてください。 3つ目が、試合前の断欲生活ができなくなるんで、家も今のまま住んでてください。 それが条件です」


「わかった」


英雄さんの声をきっかけに、3人は一斉に立ち上がり、リングを降りていた。


英雄さんは俺に歩み寄り、小声で切り出してくる。


「…俺の味方は奏介だけだな」


「当り前じゃないっすか。 英雄さんは永遠に俺の憧れっすから。 チャリから落ちて怪我する前から、ずっと英雄さんの味方っすよ」


「チャリ?」


「あ~… なんでもないっす。 お互い、限界まで勝ち続けましょう」


そう言った後、千歳の背中を追いかけ、ぴったりと寄り添うように歩き始めていた。



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