第225話 目標
「カズさん、今日、ジムに千歳が来ましたよ」
ルームシェアをしている智也に言われ、思わずダンベルを持ち上げる手を止めた。
「ちーが?」
「はい。 奏介と結婚するらしいっす」
「そっか… 奏介、また強くなるな」
「そうっすね。 潜在能力出すにはピッタリっすよね。 あ、ヨシも来てましたよ。 結婚の報告に。 相手が中田麻衣さんって言って…」
「秀人さんの娘か… ヨシくらいチャラついてるやつには、あれくらいしっかりした子の方がいいだろ」
そう言いながら筋トレを再開し、ダンベルを持ち上げ続けていた。
奏介の試合を見て以降、自分の中に芽生えた『世界戦で奏介とやりあいたい』という気持ちを抑えきれず、毎日筋トレに励む日々。
島田さんに頼み込み、東帝を紹介してもらったまではいいんだけど、何より問題なのが奏介と階級が違うこと。
奏介はライト級なのに対し、俺はスーパーライト級だったため、試合の1か月前からは、減量を余儀なくされていた。
毎晩飲んでいた酒も、週2日に変え、試合1か月前になると完全に断酒。
食事のメニューも、高たんぱく低カロリーのものばかりにし、大っ嫌いだった減量に励んでいた。
相変わらず、店は辞めずに居たから、仕事後に自主トレを繰り返し、休みの日にはジムへ行く日々。
店が早く終わった日には、ジムへ行き、トレーニングを繰り返していたんだけど、それだけでは奏介に負けてしまうような気がしていた。
「智也、腹筋付き合ってくれ」
「うぃ~っす」
智也はそう言った後、グローブを手にはめ、俺の腹を殴りつけてくる。
智也とルームシェアを始めたきっかけは、たまたま家を探しているときに智也と会ったこと。
智也はアパートの更新があったようで、それを機に引っ越そうとしていたらしいんだけど、敷金礼金を払う余裕がなく、俺にルームシェアを切り出してきた。
俺からルームシェアをする条件に上げたのが、『トレーニングに付き合え』ということだけ。
『奏介と対戦する』と言う目標を達成するためには、生半可な気持ちじゃ達成できない。
あいつは毎日トレーニングをすることが当たり前になっているから、中途半端な状態でリングに上がると、あっけなく終わってしまう可能性だってある。
あっけなく終わらせないためには、日々のトレーニングが必要不可欠なんだけど、ジムに行けるのが多くて週に2日。
満足にジムにも行けない状態だから、智也の提案は願ってもないことだった。
智也が隣の部屋で何をしてようが構わないし、誰を連れ込んでも構わない。
ただ、トレーニングに付き合ってくれたら、それでよかった。
腹筋を終えた後、千歳にもらったミットを智也に渡し、バンテージを手に巻く。
グローブを手にはめた後、防振マットの上でミット打ちを始めていた。
ミット打ちを終えると、智也が呆れたように切り出してきた。
「カズさん、実家帰ってトレーニングしたらいいんじゃないっすか?」
「俺はもう部外者なんだよ。 それに、俺が行ったら奏介が見に来るだろ?」
「確かに。 敵に手の内は見せたくないっすよね」
「そういう事。 ちー経由で聞いてるかもしれないけどな」
「ホント、羨ましいっすよねぇ… 俺もプロボクサーになりたかったなぁ… 母親が反対したせいで、なれなかったんすもん」
「今からでも遅くないんじゃないのか?」
「無理っすよ。 ボクシング始める時も、1年以上説得して駄目で、親父がこっそり入会させてくれたんすよ? バレたらまた泣かれて『いじめられてるから強くなりたい』って嘘ついて説得した結果、やっと了承したんすもん。 今だって『辞めた』って嘘ついてるのに、ばれたらどんな嫌がらせされるか、わかったもんじゃないっすよ」
「溺愛されてんだな」
「いや、一人になるのが嫌なだけっすよ。 親父、単身赴任ばっかりで、家に帰ってこないから、俺がいれば一人じゃなくなるじゃないっすか。 親父の単身赴任が終わったスキに家出して、一人暮らし開始っすよ。 俺もカズさんみたいに、目標持てたら良かったのになぁ… 目標立てるたびに母親にぶち壊されるんすもん。 ホント、嫌になりますよ」
智也は溜まっていたものを吐き出すように、愚痴を言い続け、水を飲みながらそれを聞いていた。
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