第224話 挨拶
週末。
千歳と二人でジムに向かっていたんだけど、千歳はジムに入る直前、ピタッと足を止めてしまう。
「ほら、英雄さん、待ってるよ」
千歳に手を差し出すと、千歳は俺の手をしっかりと握りしめ、ジムに向かっていた。
ジムの中に入るとすぐ、英雄さんは手に持っていた新聞を丸めながら、千歳に歩み寄ってくる。
『これは見逃すか…』
そう思っていると、英雄さんは千歳の頭をポカっと殴り、千歳は避けることもなく、俯きながら黙って殴られていた。
が、すぐに駆けつけてきたのがまさかの凌。
「ちょ! 英雄さん!! 千尋ちゃんに何してるんすか!!」
『あ、バラすの忘れてた…』
そんな風に思っていると、千歳は英雄さんの手から新聞を奪い、凌の頭を思いっきり振りぬき『パコーン』という音を立てた。
凌は呆然としながら千歳を見ていたんだけど、まだ気づいてない様子。
「え? あ、あの、千尋さん?」
「…誰が千尋じゃボケ」
地響きが起こりそうなほど、低い声で千歳が言うと、凌はハッという表情の後、千歳を指さしながら大声を上げた。
「あああああ!!! 千歳じゃん!!!!」
「やかましい」
千歳はもう一度凌の頭を殴っていた。
凌の声に反応するように、陸人と学だけではなく、智也君や薫、畠山君までもが近寄り、話しかけていたんだけど、千歳は居づらそうにするばかり。
すると英雄さんは、嫉妬心をむき出しにしたように怒鳴りつけた。
「ちゃんとトレーニングしろ!!!!」
みんなは蜘蛛の子を散らすように、トレーニングを開始していたんだけど、みんなは動きながら千歳をチラチラとみてくる。
英雄さんは痺れを切らせたように1階に行き、俺と千歳もその後を追いかけていた。
事務所に行くと、吉野さんと光君が話していたんだけど、二人は千歳の顔を見た途端、悟ったように気配を消すだけで、その場から動こうとはしない。
英雄さんは二人が気にならないのか、ソファにどっかりと座り、俺と千歳を向かいに座らせると、英雄さんは腕を組み、不機嫌そうに千歳に切り出した。
「今まで何してた?」
「仕事」
「仕事はわかってるんだよ! それ以外に何してたかって聞いてんの!」
「一人暮らし」
「そういうことを言ってんじゃねぇだろ!? もっと詳しく言えっつってんの!!」
「仕事して、通信大学通って、教習所にも通ってました!」
「…え? ちー、お前、大卒なの?」
「そう!」
「金は?」
「ボーナスつぎ込んだ。 奨学金も借りてない」
「き、教習所の金は?」
「『仕事で必要だ』って相談したら、足りない分をヨシ兄が貸してくれた。 返済も終わった」
「…ヨシが? お前、運転出来るの?」
「仕事でしょっちゅう運転してるし、自転車も乗れるようになった」
英雄さんは言葉を失ったように呆然とし、千歳は英雄さんから視線を逸らすばかり。
もうちょっと、和やかな再会を期待していたのに、二人の親子はかなり険悪な空気を作りだし、緊張感ばかりが膨らんでいた。
しばらくの沈黙の後、英雄さんが不貞腐れたように切り出してきた。
「奏介、考え直せ」
「え? 何をですか?」
「こんな女と結婚したって、上手く行く訳がないだろ! こんな凶暴な奴、考え直せ!!」
英雄さんが言い切った直後、事務所の扉が開き、ヨシ君とパンツスーツを着込んだ女性が中に入ってきた。
「あれ? マイマイ?」
千歳が呆然としながら言うと、ヨシ君が切り出してきた。
「あ、いたいた。 親父、俺、この子と結婚するわ」
「はぁ!? お前も??」
「ああ。 ちー、例のシューズ、デザイン原案完成したから、麻衣に渡しといた」
ヨシ君と千歳は仕事の話を始めてしまい、俺たちは完全に置いてけぼり。
その間、ヨシ君の奥さんとなる麻衣さんは、英雄さんに挨拶をしていたんだけど、二人は和やかで、穏やかな空気のまま挨拶を終えていた。
『羨ましい…』
そう思っていると、ヨシ君が切り出してきた。
「時間だから行くわ。 奏介、ベルト返せよ」
「嫌っす。 俺のっす」
「絶対奪ってやるからな」
ヨシ君はそう言った後、女性と二人で事務所を後に。
「奏介、分かったか? ああいう静かな女の人を選んだ方がいい」
英雄さんが切り出してきたんだけど、千歳は鼻で笑うだけだった。
「なんだよ?」
「父さん、なーんにも知らないんだね」
「は? 何がだよ?」
「ヨシ兄の結婚相手、めっちゃ怖いんだよ? 私のボス」
「んな嘘ついてんじゃねぇよ」
「本当だよ。 うちの会社の商品開発部部長。 かなりしっかり者だから安心だし、大学時代からの付き合いなんだって。 ヨシ兄の2コ下なのに、ヨシ兄のことをめちゃめちゃ怒るし、実の父親ですら怯えちゃうくらい恐ろしいんだよ。 ちなみに言うと、実の父親は中田秀人さん」
「はぁあああ!?!?」
千歳がはっきりと言い切ると、英雄さんは口を開けたまま呆然としていた。
「英雄さん、千歳との結婚、承諾していただけますか?」
「あ、ああ… いいよ。 えー… 秀人の娘って、金髪でバリバリのヤンキーだったろ… あの子があんななってんの? えー…」
英雄さんはブツブツ言い始めていたけど、どさくさに紛れて聞いたことが功を奏し、千歳は俺に向かってにっこりと笑いかけていた。
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