第223話 相談

世界チャンプのベルトを取った、数週間後のある日。


ジムに行くなり、英雄さんに切り出した。


「英雄さん、大事な話があるんですけどいいっすか?」


英雄さんは『仕方ない』と言わんばかりの表情で頷き、事務所に光君と高山さんを引き連れて事務所の方へ。


『え? なんで二人も?』


不思議に思いながら事務所に行くと、英雄さんは俺をソファに座るよう促し、向かいに英雄さんと高山さん、光君と吉野さんまでもが並んで座り、腕を組み始める。


『え? ナニコレ? なんでこんななってんの?』


疑問に思っていると、英雄さんが切り出してきた。


「どこに移籍する気だ?」


「は? 移籍?」


「ヨシも秀人の東条に行ったし、カズも島田さんが率いてた東帝に行ったろ? お前はどこにするんだ?」


「え? 俺、移籍なんかする気ないっすよ?」


「え? 違うの?」


「英雄さんの元を離れる気ないですし、行く宛もないっすよ?」


俺の言葉を聞いた途端、4人は安堵の声を上げ、姿勢を崩し始めた。


「んだよ。 カズも居なくなったし、ベルトも取ったし、てっきり移籍かと思ったよ。 で、大事な話ってなんだ?」


「俺、結婚します」


「そうか!」


「千歳と」


光君と吉野さんが噴き出して笑う中、英雄さんと高山さんは一瞬にして固まってしまい、呼吸すらも止めてしまう。


「………え? 今なんつった?」


「ですから、千歳と結婚します」


「ダメだ!!」


「なんで?」


「ちーの旦那は世界チャンプじゃなきゃダメだ!!」


「俺、世界チャンプっすよ?」


「……ダメだ! どこの馬の骨かわからん奴に、ちーはやれん!!!」


「うちの親父と仲いいっすよね?」


「…………ダメだ!! お前は信用ならん!!!」


「ジムの鍵どころか、自宅の鍵まで預けてるのに、信用されてなかったんすか?」


「そう言う訳じゃないけど…」


「じゃあいいっすよね?」


「ダメだ!! お前は… その… あの… ボクシング馬鹿だから駄目だ」


「ボクサーなんだから、ボクシング馬鹿でも良いじゃないっすか。 それに、英雄さんもボクシング馬鹿ですよね?」


「てめぇ… リング上がれや!!」


英雄さんは勢いよく立ち上がり、怒鳴りつけてきたけど、俺は平然と聞き返す。


「いいっすけど… 英雄さん、大丈夫っすか? 千歳のためならガチで行きますよ?」


光君と吉野さんは『我慢できません』と言わんばかりに声を上げて笑い始め、高山さんは必死に英雄さんを宥めていた。


英雄さんはいったん座り、顔を真っ赤にしながら聞いてきた。


「千尋って言うのは誰なんだ?」


「千歳のことっす。 凌、化粧した千歳に全然気が付かなかったんすよ。 名前を聞かれたときに、千歳が切り出して『千尋』って言ってたんす。 ちなみに今、一緒に住んでますし、週末、連れて帰ってきますよ」


「え? マジ? あいつ、帰ってくるって?」


「担いででも帰ってきます。 あ、ちなみに子供はいないっす。 補償はしないけど…」


英雄さんは複雑そうな表情をしながら俺を見てくるだけ。


「週末、千歳が帰った時、英雄さんが『リング上がれ』って言ったら、俺が上がります。 いいっすよね? 俺の守るべきものなんで、俺が相手になりますよ」


さっきまで、怒りに顔を真っ赤にしていた英雄さんは、急に落ち込んでしまい、覇気のない感じで事務所を後にし、吉野さんが切り出してきた。


「いじけたな」


「そうっすね。 『千歳が帰る』って聞いただけで、一瞬嬉しそうな顔をしてたし、どんなに離れてても、かわいい愛娘なんでしょうね」


「お前も気をつけろよ? 娘出来たら、英雄さんみたいに溺愛しそうだぞ?」


その後も4人で少し話し、ジムに戻ったんだけど、ジムでは英雄さんがベンチに座りボーっとしているだけだった。


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