第222話 思い出話

不思議に思いながらソファの裏をのぞき込むと、そこには体を丸くし、床にぺったりと顔を付けた千歳が、ショーケースを見上げるように眺めていた。


「千歳?」


「お疲れ。 チャンピオン。 寝れないの?」


千歳は起き上がることもなく、床に顔をぺったりとくっつけ、ショーケースの中にあるベルトを見上げながら聞いてきた。


「痛くて目が覚めた」


そう言いながら千歳の隣に座ったんだけど、千歳はかなり酒臭い。


「飲んでんの?」


「うん。 秀人さんとヨシ兄に付き合わされた。 二人とも潰してきたけどね」


「潰すって…」


「私に酒を作らせるのが悪い。 キャバ嬢じゃないっつーの」


「そっか。 つーかさっきから何してんの?」


「この角度からだと、月明かりが木の陰で揺れて、キラキラでピカピカに見えるんだよ」


千歳の真似をして、床に顔をつけてみると、月明かりに照らされたベルトは、時々、木の陰に隠れ、光が揺れるように光を放ち続ける。


それはまるで、いつか見た朝日に照らされた川のように、光を反射し続けていた。


「朝日みたいだな」


「でしょ? 全然飽きないんだよね」


「ベルト、着けてみなよ」


ショーケースの鍵を開けると、千歳は慌てて姿勢を正し、俺の腕を止めてくる。


「ダメだって! これは奏介が取ったものだし、奏介しか着けちゃいけないんだよ?」


千歳の声に耳も傾けず、ショーケースからベルトを取り出しながら切り出した。


「これ巻いたときに思ったんだよ。 これは俺だけの物じゃないってさ。 みんなの協力があったからこそ、世界チャンプになることができたし、みんなの代表をして俺が取ったんだってね」


「けど、私、何もしてないよ?」


「いや、千歳の存在はめちゃめちゃでかいよ。 俺がボクシングを始めるきっかけになったし、世界チャンプになる夢を思い出させてくれたし、トレーニングだって一緒にしたじゃん。 ノーモーションをマスターしたきっかけだって、千歳が率先して教えてくれたからだし、千歳はベルトを巻く権利があるよ」


はっきりとそう言い切りながら、千歳の背後に座り、千歳の腰にベルトを巻いたんだけど、千歳は細すぎるせいか、手で押さえてないと落ちそうになってしまう。


けど、千歳はベルトに触れることを拒み、手を宙に浮かせたまま。


ベルトを抑えるように千歳を抱きしめ、耳元で囁いた。


「俺よりも似合うな」


「そんなことないよ。 ブカブカだし。 つーか、ベルト外してくんない? 落として傷つけちゃいそうで怖い」


「ちゃんと抑えろって」


「やだ。 指紋付く」


小さく笑った後、ベルトをショーケースに戻した。


千歳の隣に座り、月明かりに照らされる、大小に並ぶベルトを見ながら切り出した。


「千歳のベルト、こんなに小さかったんだな」


「今、チビって言ったでしょ?」


「言ってねぇよ。 小さくてかわいいなって意味で言ったんだよ」


「ホントかなぁ? おもちゃみたいって思ったんじゃないの?」


「思ってないって」


その後も笑いながら言い合い続けていると、千歳は小さく伸びをし始めた。


「さて。 帰ろっかな」


「送るか?」


「ううん。 タクシーで帰るよ。 秀人さんにタクシー代もらったし。 疲れてるから、ゆっくり休んで」


にっこり微笑みながらそう言い切る千歳に、胸の奥がグッと締め付けられた。


「千歳、結婚しよう」


口から零れ落ちた本音に、千歳はクスッと笑った後、嬉しそうににっこりと笑い、聞いてきた。


「酔った勢いで、昔話してもいい?」


「何?」


「小学校の時にね、ずっと『駆け足飛び教えて』って、しつこく言ってきた子がいたんだ。 すんごくしつこくて、内心「うっさいなぁ。 馴れ馴れしくちーって呼んでくるし、名前も知らないし、こいつ誰だよ」って思ってたんだ。 けどね、転校してからも、ずーっとその子のことが気になってたんだよね。 顔なんて覚えてないのに『駆け足飛び、できるようになったかな? ボクシング始めたかな?』って。 中学に入ってからも、ずーっと名前も知らないその子の事が気になってて、学校が変わるたびに、その子のことを探してたんだ。 名前も顔もわかんないのに、ずっと気になって、探して『あの時、転校しなかったら、好きになってたかもな』って、高1の時に初めて気が付いたんだ。 笑えるでしょ?」


「小1から高1まで気になり続けてるって、好きになってたんじゃん。 そいつのこと」


「やっぱりそう思う? 今はその子と同じ名字になりたいくらい、愛してるけどね」


千歳の言葉が嬉しすぎて、お互いの気持ちをぶつけるように強く抱きしめ合い、キラキラと輝くベルトの前で、唇を重ね続けていた。

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